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からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話

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 「毎晩。鍵をかけず、康平がやってくるのを待ってます。
 うふふ。いやですねぇ・・・
 昼間から何という話をしているんでしょ、あたしたちったら」


 西に傾いた太陽が、榛名と妙義の山肌をオレンジ色に染めはじめる。
長く尾を引きはじめた山の影が、関東平野の最北端に、冬の日暮れを告げる。

 「情を織り成すのが縦の糸。喜怒哀楽を奏でるのは横の糸。
 糸に独特の風合いを生み出してくれるのは、群馬の四季。
 義理と人情に生きる、ここの風土。
 そんな風に思って、生糸をひきはじめたのは、もう10数年も前のこと。
 二度と糸をひくことは無いと思っていたのに、康平がまた、
 わたしに糸をひけという。
 生まれ育ったこの土地へ、子育てのために戻ってきたのよ、わたしは。
 康平ったら、わがままばかりを言うんだもの・・・・
 困っちゃうな、わたしは。うふっ」


 「君に無理強いはしない。
 俺は、自分の夢を追いかけていく。ただそれだけのことだ」


 「生まれてくる娘に座繰りを教えて、2人で糸をひこうかしら。
 楽しいでしょうねぇ、もしも、そんなふうな未来がやってきたら・・・・」

 
 「え?。生まれてくるのは女の子なのか。もしかして!」


 「まだ、はっきりわかりません。
 エコー検査で女の子かもしれませんと、お医者さんから言われただけです。
 あら。あなたは女の子でも構わないの?。
 農家をするんですもの。後継の男の子が欲しいんでしょ、本当は?」


 いつのまにか2人が、肩を並べて歩きはじめた。
『風邪ひくな』ふわりと康平が、首に巻いていたショールを美和子へ
回しかける。


 「妬けるなぁ。やっぱり・・・・これ、千尋からのプレゼントでしょ。
 ひとつだけ聞いてもいいかしら。
 英太郎くんが京都から千尋を追ってやって来なければ、あんたたち2人は、
 あのまま結ばれていたのかしら。もしかして?」


 「そうなる可能性は有った。・・・と思う。
 でもそうなったら君は、いったい、どうするつもりだったの?」


 「それもまた、生き方のひとつ。別にどうこうありません。
 ただ普通にお2人を祝福して、それで終わりです。
 私はお腹のこの子と、楽しく生きていこうと決めていますので。
 いいのよ。夜這いに来るのがそんなに嫌だというのなら、
 鍵をかけて、さっさと眠ってしまいます。
 女は平気なのよ。欲望なんかに左右されません。男が居なくも全然平気です。
 その点。一年中むらむらしている男たちは、見るからに可哀想。
 男がいなければ、女はいつも清く正しく生きていけます。
 そういうものなのよ、康平。
 いくら話し合っても平行線のままです。時間の無駄ですね。
 私はもう、実家へ戻ります」

 くるりと美和子が背中を向ける。
一ノ瀬の大木から麓へ下る道の途中に、美和子の実家へつづく分かれ道がある。
その手前で、美和子が立ち止まる。
実家へ向かう道へ歩き出そうとする美和子を、康平の手が止める。


 「行くな美和子。俺が寂しくなる・・・」

 「最初からそう言えばいいのに。わたしだってあなたといつも
 一緒に居たいわ。
 あ・・・本音を言っちゃったじゃないの。この後におよんで・・・」

 振り向いた美和子が、そのまま康平の胸に顔を埋める。
やさしく抱きとめた康平が、小さな声で美和子の耳にささやく。
「ラブシーンもいいが、そうしてもいられないようだ。
邪魔者が入っちまった。ほら」
麓へつづく坂道を指さす。

 坂道をくだった先に人影が見える。
心配そうに顔を見せた、千佳子の姿がそこにある。
『寒くなってきたからいい加減で、戻ってらっしゃい~』と叫ぶ背後から
また別の人影が現れる。
笑顔の千尋が顔を見せる。肩へ手を置く形で長身の英太郎が登場する。

 それで終わりかなと思っていると、ひょっこり、貞園まで姿を見せる。
少し遅れて、赤い顔した同級生の五六が現れる。
『なんだよ。いつのまにかオールスターが勢揃いしているぜ。
これから宴会でも始まりそうな、気配になっているぜ。どうなってんだぁ・・』

 最後に徳次郎爺さんが姿を見せる。

 「ワシのことをすっかり忘れていただろう。おまえさんたち。
 いい加減で、積もる話を打ち切ったらどうじゃ。
 ラブシーンがしたいというのなら、みんなが帰ったあと、
 こっそりすればええ。
 これで糸をひく女が、2人になった。
 なんとも目出度いことじゃ。
 祝いに一杯やろう。
 と言いつつ、わしらはもう、すっかり出来上がっておるがなぁ。
 あっはっは!」

 (完)