からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話
「TPPが発効すると、農業はまちがいなく壊滅的な打撃を受ける。
生き残ることはできない。危機的な状態がやってくる。
ここまで農業を追いつめたのは、大企業ばかりを優遇してきた政府のせいだ。
工業立国を目指して瞬間から、農業は切り捨てられてきた。
補助金政策が、農業を荒廃させた。
その結果が、いま目の前にひろがっているこの景色だ。
かつて、一面の桑畑が存在した。
真冬でも畑には白菜や大根、ほうれん草が植えられていた。
それがどうだ。
いまは一面の、枯れ野だ。
政府は、補助金を出すから田んぼでコメを作るなと言った。
5反や6反の農家では食えないから、合併して一大農場を作れという。
それがこれから農家の生きていく道だと、政府は力説する。
そんな風にして日本は、世界のNO-2の工業国にのし上がった。
だが、それがなんだってんだ。
ホントに日本人は、豊かになったのかだろうか・・・
豊かになったはずの暮らしの陰で、国土はおおいに荒廃した。
おおくの自然が失われた。
高速道路が網の眼のように走り、大地はコンクリートでおおわれた。
便利さが加速していくたび、自然が衰退していく。
日本社会の繁栄は、あたらしい『貧しさ』を生み出した。
それを俺は『こころの貧困』と呼んでいる。
汚れる仕事は敬遠される。きつい仕事は嫌われる。
生活するための金を、みんな、楽に稼ごうと考えるようになる。
そういう時代がやって来た。
仕事に誇りを持ち、高い志をもってとりくむのは、もう時代遅れだ。
でも、ホントにそれでいいんだろうか・・・
食うためと割り切って、割のいい時給と収入だけを基準に、
職業を転々とする。
そんな考え方と仕事の選び方が、俺たちの周りに出来上がった。
気がついたら『食う』ためだけに働いている。
仕事に、夢や希望をもてない若者が増えてきた。
いつから日本は、こんな国になったんだろう?
金のためにだけ働く労働は、空しい。
空しさは心の貧しさになる。生き方の中から、夢と希望を奪い取る。
『しょせん、こんなものだろう』とすぐに諦めるようになる。
無抵抗に生きる人間が、大量に増えていく。
それがいま、おおくの日本人が病んでいる心の貧しさだ。
俺はそうした現実に、ようやく気がついた。
みんなと同じよう、目立ちすぎず、普通に生きてきた。
いつのまにか、大きな夢を追いかけることを、諦めていた。
小ぢんまりとした事ばかりを、考え始めていた。
君は東京から戻って来たとき、この群馬でしか出来ない仕事をさがした。
安中で座ぐり糸の仕事を見つけた。
俺の中に眠っていた農耕民族の血が動いたのは、
この一ノ瀬の消毒のときからだ。
消防団員たちと一緒に、アメリカシロヒトリの退治を始めた瞬間から、
俺の歩くべき道が、見えてきた。
京都からやってきた千尋さんは、俺にあたらしいきっかけをくれた。
大地に立ち、夢を追いかけようと考えた。
そう決めたら農業への、気概と勇気が湧いてきた。
生きるということは、高い志を持つことだ。
生きがいと、やりがいをもって働きぬくことだ。
働くことは自らを支える。周りを支える。地域を支える。やがて国も支える。
国破れて山河在り、城春にして草木深し・・・・
百姓の未来は、風前の灯のような時代だ。
だが。絶対に負けてたまるか。
俺のような土着の民が、まだまだ日本中にたくさん居るはずだ。
俺は桑を育てて未来を切り開く。蚕を育てる。たくさんの繭をつくる。
そしたらお前は、頼むからまた糸を紡いでくれ。
一人くらい、居たっていいだろう。
時代に逆行していく、そんな生き方があっても・・・・
なぁ。美和子」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話 作家名:落合順平