小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話

INDEX|6ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 


 「TPPが発効すると、農業はまちがいなく壊滅的な打撃を受ける。
 生き残ることはできない。危機的な状態がやってくる。
 ここまで農業を追いつめたのは、大企業ばかりを優遇してきた政府のせいだ。
 工業立国を目指して瞬間から、農業は切り捨てられてきた。
 補助金政策が、農業を荒廃させた。
 その結果が、いま目の前にひろがっているこの景色だ。

 かつて、一面の桑畑が存在した。
 真冬でも畑には白菜や大根、ほうれん草が植えられていた。
 それがどうだ。
 いまは一面の、枯れ野だ。
 政府は、補助金を出すから田んぼでコメを作るなと言った。
 5反や6反の農家では食えないから、合併して一大農場を作れという。
 それがこれから農家の生きていく道だと、政府は力説する。

 そんな風にして日本は、世界のNO-2の工業国にのし上がった。
 だが、それがなんだってんだ。
 ホントに日本人は、豊かになったのかだろうか・・・
 豊かになったはずの暮らしの陰で、国土はおおいに荒廃した。
 おおくの自然が失われた。
 高速道路が網の眼のように走り、大地はコンクリートでおおわれた。
 便利さが加速していくたび、自然が衰退していく。
 日本社会の繁栄は、あたらしい『貧しさ』を生み出した。
 それを俺は『こころの貧困』と呼んでいる。

 汚れる仕事は敬遠される。きつい仕事は嫌われる。
 生活するための金を、みんな、楽に稼ごうと考えるようになる。
 そういう時代がやって来た。
 仕事に誇りを持ち、高い志をもってとりくむのは、もう時代遅れだ。
 でも、ホントにそれでいいんだろうか・・・
 食うためと割り切って、割のいい時給と収入だけを基準に、
 職業を転々とする。
 そんな考え方と仕事の選び方が、俺たちの周りに出来上がった。
 気がついたら『食う』ためだけに働いている。
 仕事に、夢や希望をもてない若者が増えてきた。
 いつから日本は、こんな国になったんだろう?
 金のためにだけ働く労働は、空しい。
 空しさは心の貧しさになる。生き方の中から、夢と希望を奪い取る。


 『しょせん、こんなものだろう』とすぐに諦めるようになる。
 無抵抗に生きる人間が、大量に増えていく。
 それがいま、おおくの日本人が病んでいる心の貧しさだ。
 俺はそうした現実に、ようやく気がついた。
 みんなと同じよう、目立ちすぎず、普通に生きてきた。
 いつのまにか、大きな夢を追いかけることを、諦めていた。
 小ぢんまりとした事ばかりを、考え始めていた。
 君は東京から戻って来たとき、この群馬でしか出来ない仕事をさがした。
 安中で座ぐり糸の仕事を見つけた。
 俺の中に眠っていた農耕民族の血が動いたのは、
 この一ノ瀬の消毒のときからだ。
 消防団員たちと一緒に、アメリカシロヒトリの退治を始めた瞬間から、
 俺の歩くべき道が、見えてきた。
 京都からやってきた千尋さんは、俺にあたらしいきっかけをくれた。
 大地に立ち、夢を追いかけようと考えた。
 そう決めたら農業への、気概と勇気が湧いてきた。


 生きるということは、高い志を持つことだ。
 生きがいと、やりがいをもって働きぬくことだ。
 働くことは自らを支える。周りを支える。地域を支える。やがて国も支える。
 国破れて山河在り、城春にして草木深し・・・・
 百姓の未来は、風前の灯のような時代だ。
 だが。絶対に負けてたまるか。
 俺のような土着の民が、まだまだ日本中にたくさん居るはずだ。
 俺は桑を育てて未来を切り開く。蚕を育てる。たくさんの繭をつくる。
 そしたらお前は、頼むからまた糸を紡いでくれ。
 一人くらい、居たっていいだろう。
 時代に逆行していく、そんな生き方があっても・・・・
 なぁ。美和子」