からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話
放置された結果。森の様になっている畑が各地で見られた。
農家の高齢化が、さらなる放置を呼ぶ。
毛虫がつきやすい樹種であることも、憂慮すべき事態をまねく。
近年になってからだが、クワの実が郷愁を呼ぶ果物として、注目を集めている。
健康食として桑の実が見直されてきた。
だがこれはほんの一例に過ぎない。
大半の桑畑が放置され、そのまま荒れ放題になっている。
「俺たちがつくりたいのは、夢が持てる未来だ。
君が指摘したように、百姓で食っていこうと、俺は自分の将来を決めた。
たしかに時代に逆行している考え方だ。
勝算は無い。
だが何故か今頃になって、農耕民族としての血が騒ぎ始めてきた。
たぶんそれは、2度と止まることがないだろう。
きっかけくれたのは、丘の上の御神木。
今でも天に向ってそびえている、あの一ノ瀬の大木だ」
康平が、一之瀬の大木を指さす。
それは美和子にとっても、とても懐かしい大木の姿だ。
「ガキの頃から、あの一ノ瀬を見上げるのが好きだった。
冬を乗り越え、新芽を吹き始めるときの、コイツの
凄まじい生命力が大好きだった。
日に日に大きく成長していく、柔らかい色の桑の葉は、綺麗だった。
真夏になるとコイツは、盛大に育った枝と葉で日陰を俺たちに作ってくれた。
甘酸っぱいドドメ(桑の実)を食べるのも、楽しみのひとつだった。
秋が来て、霜が降りると、真っ黒に焼けてしまった葉が毎日落ちる。
毎日落ちて、足元に小山のように降り積もる。
雪がやって来て、幹や枝が真っ白に変わっても、こいつは動じることなく
平然とそびえていた。
赤城おろしに耐えながら、春が来るまでコイツは、じっと冬を耐え忍ぶ」
美和子の目が、枯れ枝を見上げる。
桑の大木は、肌色の幹をむき出しにしたまま、まるで無機質のオブジェのように
天空高くそびえている。
「コイツが此処へ植えられてから、まもなく一世紀になる。
原産地は山梨。こいつは、この辺り一帯の桑の原木だ。
俺の爺様や、オヤジが、こいつのおかげで、家族を養ってきた。
コメや麦がろくに育たない山間地にとって、桑と蚕は、
現金をもたらす救世主だ。
オヤジ達の時代には、春の田植えと秋の刈り入れの時期に、
『農繁休暇』という学童たちの特別な休みがあった。
蚕が繭を作り始めると、家族総出の『お蚕上げ』が始まる。
蚕を育ててきた場所から、繭をつくるための回転まぶしへ移すため、
1分1秒を競う、忙しい作業が始まる。
家から学校へ電話がかかってくる。
学童はそれを手伝うため、早退が認められた。
農繁期やお蚕上げの時には、学童でさえ、貴重な戦力だった。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話 作家名:落合順平