小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

水中花 2

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 そういう行動を繰り返していると、とある駅で一人の青年に出会った。何とも綺麗な顔立ちで、上を見ながら歩いている姿をみて、ああ、こいつも同種なのかと憐れみと安堵を感じた。なんとなく話しかけると、やはりその通りで廉太郎というその青年は北海道の生まれらしい。話す言葉には北の方の方言がまさしく表れていて、何とも田舎の雰囲気を持っていた。どうにも会話がうまく進まないのだが、その変な噛み合いが東京の均等に、等速に進む空気の中で存在を確たるものにしていた。春の風が回る道でこの二人だけが別の空間にいるように思える。
「どうにも、東京の空気は好きになれませんね」
「敬語使わないでもらいたいな」
「タメ口で行くと方言がもろに出て会話にもなりませんよ」
「君のほうが一つ年上だろう?むしろ僕の方が敬語を使わなければいけないんじゃないか」
「恭介さんはそんなキャラじゃないですよ。自分のほうが幼いです。さっき、自分と話す前木の傍で死んでいた蝶をそっと草陰に返しましたね?そういう小さいところ、しぐさ含めて自分より大人ですよ」二人は息をつく間もなく会話を続ける。線路沿いをゆっくりと進みながら話す内容は意味のないものと裏に何かありそうな、少し深いとも思えるような内容が交互に繰り返されていた。
「どこまで行くんですか」廉太郎は話が途切れたときにそう聞いた。恭介は答えずただ歩いていた。線路が見えなくなった。目の前は山だ。トンネルを電車が走っていく。閉ざされているかのようなトンネルの中に空気がさっと送り込まれ奇妙な音を出す。
「東京に来る前、トンネルを抜けてきたんだけど、このトンネルは電車のためだけのやつなんだよな」
「何が言いたいんですか」廉太郎も足を止めてトンネルから出る音を聞いていた。

 この廉太郎という青年とはそれ以来話していない。連絡先は交換したが、恭介から連絡することはなかった。時たま送られてくる写真付きの東京観光の報告を見て、適当に返事をして終わる。恭介にはこういう友が多くいた。むしろこういう友しかいなかった。
 東京に来て大学が始まり、新しい友が増えていく中で、やはりこの性質は変わることなく残っているようで、休みの日に誰かとどこかに行くという予定はまだない。講義を教室の隅で一人で受け、飯を一人で食べるといった大学に少なからずいる、ぼっちかと言われれば、そうでもなかった。講義は複数人で受け、異性ともそれとなくかかわっている。しかし、どこか接点が薄い。(例えるなら円と接線だ。確かに交わっているが、思い切り近くに寄ってみればほとんど接していない)
 そんな生活だからか、故郷に置いてきた雪の存在がやたらと大きく思える。会うことはできなくとも、ここまで距離を感じずにいられる存在を持っている。これほど落ち着くものはない。
現実、つまり東京の人との会話は快調な様子をもちながらも、かなりの苦痛を伴っているようで、恭介は何度もそれに負け、眠りについた。この苦痛を癒すのは睡眠でもなく、食でもなく、性的なものでもなかった。ただ目を瞑り、部屋の中でかすかに聞こえる騒音を聞き流しながら妄想にふける、この瞬間であった。この瞬間を発見して間もなく、恭介は新たなことを発見した。その快感を伴う妄想の中で現実を行う、つまり妄想を繰り返している間に彼女と電話越しに話す。不思議なことに苦痛を伴うはずの現実(それまでの彼女との電話にも少なからず苦痛があった)に苦痛を見つけることができなかった。恭介は苦痛が伴うのが当たり前の現実を変える方法を見つけたのだ。
この手法は彼の生活を劇的に変えた。彼女との電話以外にこの緩和療法は通用しなかったのだが、一つだけでも苦痛が解消されたことによってかなり生活が楽になった。そうなると探求心あふれる彼は新たなものを探したくなり、逆に現実の中で妄想を繰り広げればどうなるのかと考えるようになった。それを思いついたのが最悪なことに駅の前で、彼はその思い付きの考えをすぐに実行に移してしまった。電灯が灯る駅前で人が彼を避けていく。どうやらこの行為は苦痛ではなく、恥をもたらすようであった。そんなことを考え生活するなんとも変な大学生であった。

部屋の電気を消し、彼女の電話番号を選択し、床に座った。数回の音の後もしもしと声が聞こえた。
「元気?」二言目はこれだった。
「元気じゃなかったけど。声を聴いた瞬間に元気になったよ」
なにそれと笑う彼女の横に仮に恭介がいたら、その目はびしっと恭介を見て、そして恥じらっているのだろう。
「また、電気消してんでしょ。なんとなく声のトーンでわかる。目悪くなるけん止めなよ」
「わかってるよ。でもこれが一番落ち着くんだ。現実には暗い部屋だけど、目を閉じて、空間的にも精神的にも暗くすれば、ここはどこにでもなれるんだ。宇宙でも、火星の上でももちろん、雪の横にもなれるんだよ。すごいだろ」
「やっぱり文系だけんね。そういうことばっかり考えてるんでしょ。恭ちゃんは理系もできるけど」電話の向こうで雪がクスクス笑っている。なぜ笑うんだと恭介が尋ねると何でもないと言って話の話題は今朝の鳥のことになった。

 その鳥はやけに小さかった。その辺によくいる雀に似た体をしていたが、とても小さく、ちゅんとなく声も小さかった。さらに羽を怪我しているようで、飛び立つことなく地面を這っていた。春とはいえ、この日光に照らされて温められたアスファルトだ。雀の体に突き刺さるその熱線は無数にある。刺さった熱線は抜けることなくそのままを維持しているようで、そのごく小さい重さが雀が飛び立とうとするのをさらに邪魔する。そういう光景は日常の中に結構広がっているにもかかわらず、恭介はその雀だけが特別に思えた。その小さな体を不憫に思い、憐れみの感情をぶつけていたのだろう。しかし、そんなことは故郷にいたころに結構な頻度で出くわしていて、雪も同じように出くわしていたのだ。そんな日常を話そうと思い至ったのはその雀をもう一人別の人物も注目していたからであった。
 恭介が雀を見つけたのは廉太郎が来るのを待っていたときであった。二人が会うのはトンネルの時以来で実に一か月ぶりであった。どちらかがどこかに行かないかと誘ったわけではない。たまたま恭介の行き先に廉太郎が住んでいることが分かったからだ。特に何をするわけもないが、会おうじゃないかと廉太郎が言い出した。恭介は用事を済ませ公園で静かに本を読んで暇をつぶしていたときであったからまあいいかとすんなり受け入れた。こうして休日に人と会うのは東京に来てから初のことであった。
「すまない、少し待たせた」廉太郎が公園の入り口からやってきた。
「時間はいくらでもあるからいいんだが、君はどうしたんだ」恭介がどうしたといったのは廉太郎の服装のことだった。この前はごく普通の顔に似合う清楚なものであった。しかし今日は、真っ赤なジャケットに真っ赤な靴。どこの異星人なのかと目を疑った。さらにこの平凡な公園がそのお色をさらに際立たせる。
作品名:水中花 2 作家名:晴(ハル)