カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ
「地域担当部の人が外国人と会うのは、原則禁止なんじゃないんですか」
部屋の奥のほうで、二十代後半と思しき女が、明らかに侮蔑の色を目に浮かべて、立っていた。グレーのワンピースに薄手のカーディガンというラフな格好をした痩身の彼女は、細い眉に釣り目気味という顔立ちのせいか、かなり気が強そうな印象を醸している。
大須賀は、自分より若いその女性職員に、露骨にムッとした顔を向けた。しかし、吉谷は全く動じることなく、「そうだったよね」と場を取り繕った。
「八嶋さんの言う通り。外とのおつきあいは第1部の特権だから」
統合情報局では、保全上の観点から、職員が私的に外国人と接することを制限していたが、地域担当部に属する人間は特に厳しい制約を課されていた。秘区分の高い情報源に接する機会が、第1部に比べて、格段に多いためだ。
「ああっ、悔しいなあ。私も1部に引っ越したい」
「1部長から8部長に『人を出してくれ』って一言入れば、メグさんも堂々と行けるんだけどね。指揮系統を通じてレセプションに出ろと言われるんだったら、部内規則は関係なくなるわけでしょ?」
「うちの部長が間に入れば、か。今更それは無理ですよねえ」
先輩二人が再び話し始めるそばで、美紗はそっと後ろを振り向き、冷ややかな声の主を見た。美紗より少し背が高そうな相手は、あまり化粧っ気もなく、地味さでは美紗と似通うものがあった。しかし、先方は、親近感どころか、敵意に満ちた目つきで、美紗をじっと睨み返してきた。
過去に何か、彼女の不興を買うようなことをしただろうか。統合情報局に異動してから今日までのことをざっと思い返してみても、美紗に心当たりはなかった。吉谷が「八嶋さん」と呼んだ女性職員は、同じ第1部の所属だった。確か、事業企画課の渉外班にいる。
海外関係機関との連絡調整や交流窓口の役目を担う渉外班は、第1部長直轄チームとは、仕事上の関わりがほとんどなかった。実際、美紗は、仕事中に時々八嶋の姿を見かけてはいたが、彼女と言葉を交わしたことは一度もない。全く接触がないのだから、不興を買う機会すらないはずだ……。
「せめて、ランチ会でもアレンジしてくださいよお。『日垣1佐を囲む会』みたいな」
大須賀のため息交じりの声が聞こえ、美紗は、はっと顔を上げた。独り黙考している間に、先輩二人の話題は少し違う方向へ移っていた。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ 作家名:弦巻 耀