カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ
「あの人、そういう目立つの、あまり好きじゃないみたいなんだよね。その場に居合わせた二、三人で小ぢんまりやるってほうが、まだOKしてもらえる可能性高いかな」
「そりゃあアタシだって、人数が少なけりゃ少ないほどいいですよお。サシなら完璧っ」
何を想像し始めたのか、大須賀は急ににやけだした。
「できれば、ランチよりは飲みがいいなあ。お仕事帰りに二人っきり。日垣1佐、どこか雰囲気のいいバーにでも連れてってくれないかなあ」
妄想に耽る彼女の横で、美紗は込み上げてくる何かを急いで飲み込んだ。月に数回訪れる「いつもの店」の情景が、鮮やかに目の前に広がる。「いつもの席」から見える夜景が、いつも水割りを飲んでいるあの人の姿が、いつも和やかなあの人の笑顔が……。
「きっと、シブイお顔で静かに飲むんだろなあ。ウィスキーとかバーボンとか」
「水割りが好きみたいね」
美紗の頭の中を覗き込んだかのような吉谷の言葉。胸が不快な鼓動を打つ。美紗は、いかにもバーが似合いそうな美人顔をちらりと見た。なぜ、あの人の好みを知っているのだろう。
「吉谷さん、何でも知ってますねえ。何か妬けるう」
大須賀が迎らしくローズピンクの唇を尖らせる。
「日垣1佐の行きつけのお店とかあるんですか? あったら、場所調べて待ち伏せしてやるのに」
「今はどうかな。昔は、隠れ家的なお店をひとつ、持ってたみたいだったけど」
吉谷は、なぜか懐かしそうな目をして、天井を見上げた。
吉谷さん、あのお店に行ったことあるの?
日垣さんと、二人で……
「ん? 何、美紗ちゃん?」
柔らかな吉谷の声に、美紗はすくみ上がった。心の中で呟いたはずのことを、うっかり口に出してしまっていたのか……。
「いえっ、何も!」
完全に声が上ずった。洞察力に長けた大先輩は、大きな目をさらに見開いて、不思議そうに美紗を見た。大須賀も、吉谷につられて美紗の方に顔を向ける。美紗は、何かごまかせるようなセリフを必死に探した。吉谷と大須賀の向こう側を、グレーのワンピースが歩き過ぎるのが見えた。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ 作家名:弦巻 耀