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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 さらに声を落とした日垣の言葉は、ますます聞き取れない。八嶋は小さく頷いている。泣いているようにも見える。
「……いつもの……来てくれれば……」
 そう囁くように言って、日垣は一歩身を引いた。八嶋はそれで納得したのか、無言で第1部長に一礼し、固いヒールの靴音を残して、どこかに去っていった。

 翌日は金曜日だ。特段の用がなければ、日垣貴仁が「いつもの店」を訪れる。

 重い足音もその場からゆっくりと遠ざかっていく。やがて、エレベーターホール付近は完全に無音になり、階段出口の壁に張り付くように立ちすくんだ美紗だけが、そこに取り残された。

 八嶋香織も、日垣の行きつけのバーに通っていたのだろうか。美紗がしばらく顔を出さない間に、彼女が「いつもの席」に座り、彼と共に、あの夜景を見ていたのだろうか。それとも、美紗より一年半ほど長く第1部に在籍する八嶋の定位置を、美紗のほうが奪っていたということなのだろうか。

『……まさか、すでに二人こそこそ付き合ってるなんてことないですよね?』

 以前に女子更衣室で騒いでいた大須賀の言葉が、頭の中で反響する。吉谷は彼女の推測を笑い飛ばしていたが、八嶋は先ほど、その吉谷の名を口にしていた。

『どうして私じゃダメなんですか。……吉谷さんのほうがいいなんて……』

 吉谷綾子と八嶋香織は、日垣をめぐり、対立する関係だったのか。日垣貴仁は、吉谷を軸に、八嶋と美紗を天秤にかけ、弄んでいたのか。そうは思えない。思いたくない。

 すっかり強張った身体を引きずりながら、美紗がようやく直轄チームに戻ると、「直轄ジマ」はすでに無人となっていた。いつもならメンバーの半数近くが九時近くまで残っているのだが、盆休みが間近だからなのか、出勤組もさっさと帰宅してしまったらしい。