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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 失職という挫折で、もろくも無様な心を晒した父親。
 娘の誕生に人生を狂わされたと本音を漏らした母親。
 その二人に育てられながら、彼らを忌み、逃げ出した自分自身。

 すべてが、醜い。

 美紗の心に溜まる濁りを知るのは、日垣貴仁だけだった。その濁りを、彼はただ、黙って受け止めた。責めることも、正すことも、しなかった。美紗が親の恩に報いる気持ちになれないことへの嫌悪感を吐露した時だけ、彼は人の親としての想いを静かに語っていた。

『子供の笑顔は、親にたくさんの幸せをくれる。親は、もらった分の幸せを、二十年以上かけて、子供に返しているだけなんだ。残念ながら、世の中には、幸せを感じる力が弱い人間もいる。でも、それは当人たちの問題だ。子供の側が気に病む必要はないと思うよ』

 いつもの店の、いつもの席で、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。そして、凝り固まっていた濁りが涙で洗い流されていくのを、ずっと見守ってくれた……。


 急に沈黙した美紗を、松永は怪訝そうに見上げた。
「まあ、休暇は、基本的には自分の都合に合わせて取れ」
「でも……」
「とにかく、後段はお勧めしない」
「そう言う松永2佐も、また後段ですね」
 「直轄ジマ」の休暇予定表を眺めていた佐伯が、小さく笑った。松永が率先して貧乏クジを引くのは、毎回のことだった。
「俺は別にいいんだよ。まあ、本当は八月上旬が良かったんだが、日垣1佐と俺が一緒にいなくなるわけにもいかんから」
 仏頂面で口を尖らす松永の脇で、美紗は身を固くした。日垣の名前が出ると、つい意識してしまう。
「日垣1佐、なんでお盆の週じゃなくて、少し手前のトコで休み取るんでしょうね」
「奥さんが仕事そこしか休めないとか?」
 美紗が心に抱いた疑問を、「シマ」の他のメンバーたちが先に尋ねてくれた。松永は、「カミさんは働いてないそうだが……」と言いかけて、やおら身を乗り出し、第1部長室のほうに目をやった。そして、部屋のドアがきっちり閉まっているのを確認すると、少し声を落として話を続けた。