カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ
「八月の十日前後に家族全員の誕生日が重なってて、毎年、可能な限りそれに合わせて帰ってるんだとさ。自宅は本人の実家にもカミさんの実家にも近いらしいから、両方に顔出して、早めに墓参りして、混雑する前に戻ってこられる。一石三鳥ってとこだ」
「松永2佐は、それでいいんですか?」
「自宅の遠い奴が優先だ」
第1部長に休暇のスケジュールを譲る羽目になった松永は、小坂の話をしていた時と同じようなセリフを口にして、鼻からため息をついた。
「しかし珍しいよな。同期でトップを走るような人間は、どうしたって市ヶ谷勤務が多くなるのに、日垣1佐はなんでこっちに家建てなかったんだろ」
「東京をベースに地方に単身赴任するほうが、絶対いいですよねえ」
宮崎が松永の言葉に相槌を打つ。すると、直轄チーム最古参の高峰が、口ひげから手を離して、呟くように言った。
「カミさんが地元を離れたがらないらしいですね」
「そいつは……、気の毒だな」
松永は、片方の眉をひくりと動かし、ますます声を低めた。
「奥さんの実家の事情なんですかね」
「まあ、子供が中学に入る頃には、どこの家も単身赴任になりますけど」
「それにしても、自宅が地方じゃ単身赴任ばっかりになっちまうだろ? 地方の部隊っていったって、自宅に近い所に必ず勤務できるわけじゃないんだし」
「防駐官(防衛駐在官)の時はどうしたんですかね。それも単身ってわけには、いかないでしょう?」
佐伯と宮崎も、松永と共に、声をひそめて疑問を口にしたが、高峰は、「さあ…」と言葉を濁し、それ以上は語らなかった。
会話が途切れたところで、松永は再び、美紗の休暇の件に話題を戻した。結局、彼に押し切られる形で、美紗は、八月と九月に数日ずつの休暇を取ることになってしまった。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ 作家名:弦巻 耀