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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 気のせいか、吉谷綾子と日垣が、以前より頻繁に話をしているように感じる。「直轄ジマ」の自席に座っている時、廊下を歩いている時、ふと彼の声が聞こえ、そっと辺りを見まわすと、事務所の隅のほうで、ある時は階段の入り口で、二人が立ち話をしている。真面目な顔で、しかし、声を落とし、顔を近づけて語り合っている。
 二人とも既婚だ。それぞれに家族を大事にしている。信頼できる仕事上のパートナー同士として、接しているだけだ。そう分かっているのに、心が乱れる。メンターと慕っていた吉谷に嫉妬しても意味がない。そう分かっているのに、心が疼く。想いは口にしないと決めたのだから、日垣が誰と何をしようと、彼の自由だ。そう分かっているのに、焦燥の念に苛まれる。

 梅雨が明けると、都会の街は連日、耐えがたいほどの日差しに照りつけられた。しかし、美紗の心は厚い雲に覆われたままだった。
 あの青い光の海を見てから、いつもの店に、行けなくなった。いつもの席で、いつものように、日垣貴仁と差し向かいに座ったら、自分の決意を守っていられるか、自信がなかった。あの人の柔らかな笑顔を前にして、自分を抑えていられるか、不安だった。

 会いたいのに、会うのが、怖い

 怯えた心を抱えたまま、週末がまたひとつ、過ぎていく……。


 夏本番になると、普段騒がしい「直轄ジマ」は少し静かになった。七月末からメンバーが交代で夏季休暇を取るため、この時期は必ず一人か二人は不在になるからだ。
 多くの者が長期休暇を取る盆正月は、美紗にとっては、憂鬱な期間でしかなかった。自分には帰省する場所がない。海外旅行などに行く余裕もない。そしてなにより、適当な嘘をついて、長期休暇を取らない理由を周囲に説明しなければならないのが、辛かった。
 今回は、片桐1等空尉が八月後半に指揮幕僚課程の二次試験を受ける予定になっていたため、それがいい言い訳になる。美紗は、追い込みに入る彼の休暇を優先してほしいと、直轄班長の松永に申し出た。
「鈴置はどうすんだ。予定まだ決まらんのか」
 直轄班長の机の傍に立つ美紗に、イガグリ頭の松永は、やや顔をしかめた。