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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(7)-誓いの呪縛



 件のレセプションの後、美紗は、職場の雰囲気が変わったことに気づいた。大きな人事異動があったわけでも、組織改編が行われたわけでもない。ただ、第1部長の様子が、以前とは違う。いや、これまでと何も変わらぬ上官の姿が、美紗の目には以前と違って見えるようになった、というのが正確なところだった。
 朝、出勤した日垣が、第1部の面々と挨拶を交わす。長袖シャツにネクタイという第Ⅱ種夏服を好む彼は、長身のシルエットがそう見せるのか、半袖開襟シャツ姿の他の自衛官たちよりも、よほど涼しげに見えた。その彼が、課業時間中に、時折「直轄ジマ」の末席に座る美紗の横を通り過ぎる。大股で歩く姿が視野に入り、部下とやり取りする低めの声が耳に届く。そのたびに、息が詰まりそうになる。
 これまで、仕事とプライベートの線引きは、支障なくできているつもりだった。日垣貴仁の姿を目に留めても、心が少し温かくなった後は、すぐに自分のやるべきことに意識を戻すことができた。

 絶対に気持ちは伝えない

 そう決意した今になって、彼のすべてに、ひどく敏感になっている。職場にいる時はあくまで上官であるはずの彼に、いつもの店で真向かいに座る男の笑顔を重ねてしまう。濃紺の制服を着ている時は「日垣1佐」であるはずの彼に、「日垣さん」と呼びかけそうになる。
 幸い、第1部長は、普段は個室にこもっている。会議や業務調整のために不在にすることも多い。もし、彼が直轄班長の席あたりに四六時中座っていたら、とても仕事が手につかなかったかもしれない、と美紗は思った。

 もし、伝えてしまったら
 もし、気付かれてしまったら

 彼は、仕事のために平然と偽ることはあっても、家族にも、鈴置美紗にも、嘘をつくことはないだろう。きっと遠ざけられて、終わりだ。