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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 一面の青が、何かにかき乱された後の、まだざわつきが残る胸の中を、静かに、ゆっくりと、清めていく。川を濁らせていた細かな砂が徐々に沈殿し、水が透明になっていくように、心が平静を取り戻すと、今まで見えていなかったことが、ゆっくりと浮かび上がってきた。

 金色に縁どられた厚みのある招待状には、宛先として、確かに二人分の氏名と肩書が記されていた。

 Colonel and Mrs. Takahito HIGAKI
 (1等空佐 日垣貴仁 様/令夫人)

 三文字のアルファベットが、これまでほとんど意識していなかった存在をはっきりと主張していたことに、今更ながら、気付いた。

 「Mrs. HIGAKI(日垣令夫人)」は、この大都会から遠く離れた街に住む、ただ一人の女性を示している。吉谷綾子がどんなに才色兼備であろうと、大須賀恵がどんなに積極的であろうと、その地位に辿り着くことはない。鈴置美紗がどんなに想いを寄せようと、彼の「令夫人」には、なれない。

 一面の青が、尋ねるように瞬く。

 彼を求めるのは、罪深いことではないのか
 彼は、求められることを、望んでいるのか 

 その答えは、あまりにも明白だ。

 日垣貴仁に家庭があることは、初めから分かっていた。彼が、離れ離れに暮らす家族を大事にしていることも、知っていた。家族ある男性を好きになっても意味はない、と吉谷綾子が言った時、美紗は確かに反論しなかった。
 それなのに、いつもの店で彼に会えば、それらすべてを忘れていた。忘れたフリをして、これまでの時を過ごしてきた。