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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 昨日の、フランス大使館のこと……?

 どくり、と心臓が嫌な音を立てる。「職員を『奥様代理』としてレセプションに同伴させては」という部下の提案に、あまり乗り気でなかった日垣貴仁の顔が浮かぶ――。

 固いものがいくつか床に落ちる耳障りな音がして、美紗ははっと我に返った。手にしていた化粧ポーチの中身が足元に散らばっていた。床にしゃがみこんで急いで落としたものを拾い集めたが、すでに、テーブルに陣取る二人の視線は美紗に注がれていた。
「すみません。うるさくして……」
 美紗は、床に這いつくばった格好のまま、子ウサギのように身を固くした。吉谷の隣にいる、「ライバル」の大須賀と目が合うのが、怖い。しかし、根の明るい先輩二人は、美紗の心の内を全く察してはくれなかった。
「ここどうぞ。私たち、もう食べ終わったし」
「あ、日垣1佐のおひざ元にいる、えっと、鈴置さん、だよね。時間あったら少し喋ってこうよ」
 はたして日垣の名を口にした大須賀は、美紗の返事も聞かず、更衣室の壁に立てかけてあったパイプ椅子をテーブルの前に広げた。完全に逃げるチャンスを逸した美紗は、強引なほどに社交的な「ライバル」に圧倒されながら、観念して椅子に座った。
「今まで、話す機会なかったよね。フロアも違うし。アタシのこと知ってた?」
 大須賀は、自分の顔を指さして、すまし顔を作った。顔の造りも化粧の色使いも、やはり派手だ。一目見ればまず忘れられそうにないその容貌には記憶があったが、大須賀の所属する第8部に縁のない美紗は、彼女の名前をおぼろげにしか把握していなかった。
 統合情報局に異動して一年が過ぎ、すでに指導役の松永からも独立して、若手なりに一人前の仕事をもらってはいたが、自分の業務と接点のない人間関係を広げる余裕まではなかった。もともと内気な性格な上、メンター役になってくれた吉谷に、これまで甘えすぎていた感もなくはない。
 自分とは対照的な相手に、美紗は緊張しながら挨拶をした。外見も中身も賑々しい「ライバル」は、満面の笑みで歓迎の意を示した。
「今更だけど、大須賀恵です。よろしくね。鈴置さん、めっちゃ若いよね。今度飲みに誘ったりしたら……、まだ駄目なのかな?」