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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 地上に出ると、再び冷たい湿気が美紗にまとわりついた。傘をさしても、目に見えないほど細かい水滴が、夏物の薄いスーツを重くしていく。憂鬱な雨を嫌ってか、人通りはいつもの金曜日より少なかった。かわりに、四車線の大通りを行きかう車の数が、やや多いような気がする。
 道路の反対側にある五十五階建ての高層ビルを左手に見ながら少し歩くと、すぐに、いつもの細い脇道と交差するところまで来てしまった。

『若い鈴置さんが私の奥さん役では、あまりに可哀想だ』

 急に、日垣が口にした言葉を思い出した。週の初め、直轄チームで問題のレセプションの話題になった時、彼は少し困ったように笑って、そう言っていた。今になって、そのセリフが、さりげなく何かを拒絶しているかのように、聞こえる。

 月に数回、美紗と日垣貴仁がいつもの店で数時間を共有するようになってから、八カ月ほどが過ぎていた。その間、いろいろなことを話した。仕事の話ばかりだったはずが、いつのまにか、互いのプライベートに触れるようになっていった。過去の思い出、将来の夢、そして、家族のこと……。
 日垣貴仁は、美紗が抱えるものすべてを、静かに、抱きとめてくれた。重みがひとつ消えるたびに、空いたその場所は、彼への想いで埋まっていく。初めて経験する至福の過程。しかし、心が彼で一杯になってしまったらどうなるのか。そんなことは、これまで考えたこともなかった。

『若い鈴置さんが私の奥さん役では……』

 年が離れているから。そんな理由を付けて、これ以上は近づいてくれるなと言いたかったのか。彼は、美紗自身が自覚するより早く、当人の心を察していたのだろうか。

『相手があんな若いのだったら、下手な行動に出られないように心理的にコントロールするのだって、きっとお手のもの……』

 吉谷が、八嶋香織を引き合いに出して言った言葉が、今は、違う意味にも解釈できる。