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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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 耳障りな警告チャイムとともに、ドアが開いた。自宅の最寄り駅ではない、しかし、すっかり馴染みとなった駅に着いていた。美紗は反射的に地下鉄を降りてから、ここに来てどうするのだろう、と思った。
 いつもの店に行きたいわけではない。それでも、足は勝手に「いつもの出口」へと向かい、「いつもの階段」を上り始める。今日は彼を想いたくはないのに。彼の横で「奥様代理」」を務める吉谷綾子のことを、考えたくはないのに……。

 日垣貴仁と吉谷綾子は、わずかな期間ながら、第8部で共に勤務している。情報という仕事を通じて知り合ったのは、それよりもっと前かもしれない。吉谷は間違いなく、美紗の知らない「過去の日垣貴仁」を知っている。防衛駐在官になる前の、2等空佐だった頃の彼を。もしかしたら、さらに若い頃の彼を。
 彼女は、統合情報局第1部長となった日垣の印象を「何となく怖い」と美紗に語っていた。

『それなりにやり手の人だなとは思ったけど、1部長として戻ってきてからは……あの人、余裕で裏表を使い分けるタイプになったなって感じて』

 過去のあの人は、どんな人だったのだろう。その時、あの人と吉谷は、どういう関係だったのだろう。

『昔は隠れ家的なお店をひとつ持ってたみたいだったけど』

 十年ほど前、情報畑でキャリアを積んでいた日垣が、まだ独身だったかもしれない吉谷に、仕事上のパートナーとして信頼を寄せるのは、極めて自然なことのように思えた。
 その信頼関係の中に、いくばくかの好意が醸成されていたのかは、分からない。二人が、いつものあの店で、もしかしたら、いつものあの席で、親しく語り合うことがあったのか、それを知る術は、ない。