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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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「日垣1佐。車、下にスタンバイしてます」
 人の良さそうな顔をした総務課長が、受話器を片手に、日垣に声をかけた。日垣は、官用車を手配した総務課長に礼を言うと、軽く手を挙げて、第1部の面々にも挨拶替わりのジェスチャーをした。吉谷も、それに合わせるかのように、「お先に」と優雅な動きで会釈をする。長身に端正な顔立ちの日垣と、やはりスラリと背の高い都会的な吉谷。あまりにも華やかに均衡する二人は、そうするのがさも当然という風情で、並んで歩きだした。
「今日は妙な『仕事』をしてもらうことになってしまって、申し訳ない」
「構いませんのよ。こちらこそ、黒塗りに同乗させていただけるなんて、光栄ですわ」
 吉谷は、わざと気取った喋り方をして、日垣のほうに体を寄せた。日垣が小さく笑みをこぼし、少し声を落として吉谷に何か囁く。高めのヒールを履いて更に背丈の増した彼女が、ふわりと髪を揺らして日垣に顔を向けると、二人の距離は至極わずかになった。
 女が少し背伸びすれば、互いの唇が触れ合ってしまいそうに、近い。

 日垣さん

 危うく声を出しそうになるのを、美紗は辛うじて堪えた。

 吉谷さんを、そんなに見つめないで

 心の中で、彼を呼んだ。しかし、飛び回り始めた大きな蝶が、煌びやかな鱗粉を振り撒いて、小さな美紗を容赦なく阻む。

 日垣は、第1部のドアを開けると、エスコートするように、吉谷綾子を先に通した。そして、美紗のほうに振り返ることなく、ドアの向こう側へと去っていった。自動ロックの音が、その場に取り残されたように響いた。

 美紗は、手の中に残った大使館からの招待状を、何となしに見た。開封済みの封筒の中に入っていた金縁の分厚いカードには、「フランス革命記念日に際して」と銘打たれ、宛先には、「Colonel and Mrs. Takahito HIGAKI」と記してあった。