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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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「ああ、吉谷さん。すぐ出るから」
 日垣の声はにわかに柔らかくなった。吉谷は、それを意識したのかしないのか、整った美人顔をわずかに微笑ませた。
「あら、制服のままですか?」
「今日は『ミリタリー・インフォーマル』だからね」
 日垣は大きな肩をすくめて笑顔を返した。「ミリタリー・インフォーマル」とは、ドレスコードの一種で、この指定がある場合、軍人や自衛官は、長袖ネクタイの制服を着て当該行事に参加することを求められる。
「制服のほうが、重みが増して見えて、よろしいかと思いますよ」
 吉谷は艶っぽい視線を第1部長に向けた。彼女の言葉に、満更でもなさそうな表情を浮かべた日垣は、部長室から戻ってきた美紗の方に腕を伸ばして、濃紺の上着だけを掴んだ。
「そう言う吉谷さんは、今日はずいぶんと華やかだね」
「古い友人も何人か来るようですので。しばらく見ないうちに老けたなんて言われたくないですから」
 日垣の褒め言葉を、吉谷は動じることなく受け流す。調和するかのように流れる二人の会話を、美紗は、日垣のすぐ脇で、黙って聞いていた。こんなに傍にいるのに、自分はその調和の中に入ってはいない。手を伸ばせばすぐ触れられるほど近くにいるのに、完全に別の空間に立っているような気がする。

 胸の中に棲む蝶が、大きな羽を煩わしく震わせる。

 日垣は、上着の内ポケットに官用携帯が入っているのを確認すると、素早くその上着を羽織った。上下濃紺の姿になると、確かに吉谷の言う通り、第1部長は一層上背があるように見え、急に凛々しく引き締まった佇まいになった。
 一方の吉谷は、子持ちの既婚者ながら、日垣の隣で十二分に魅力的な輝きを放っていた。快活でありながら気配りに長け、機転の利く気質。情報機関に重宝される抜群の能力と経歴。周囲からの注目と信望を容易く集めることのできる恵まれた容姿。彼女は、美紗が手に入れたいと望むものを、すべて持っていた。

 大きな蝶が、美しすぎる羽を、これ見よがしに広げていく。