からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話
「そういえば、ここで命を絶ったというおなごの話がある。
人生に悲観したおなごが、荒れ放題になりはじめたここで、覚悟の自殺を
遂げたらしい。
あれはこの世に恨みを残しながら命を絶った、哀れな女の声じゃ。
迷うな成仏せいよ。くわばら、くわばら」
「バカジジィ!。くわばらを言うのは、雷がやってきた時だけだ。
生霊の声ではなくあれは誰が聴いても、若い女が誰かを呼んでいる声だ」
「康平と呼んでいるように、わしには聞こえたぞ。
さては康平が、生霊の生贄(いけにえ)にされてしまうのか?。
お前も、ずいぶんと女を泣かせてきたからのう。
もうこのあたりで観念せい。運が悪いのうお前さまも。くわばら、くわばら」
「くわばらは、いい加減にしろと言っているだろうが、この糞ジジィ。
で、本当かよ。康平が女を泣かせてきたという話は?」
「おう。何人も泣かせてきたぞ、この男は。
他人の妻となってしまった美和子に、いまだに未練がましく惚れておる。
そのくせ、身ごもったと知ると簡単に捨てよった。
赤い糸で結ばれているなどと、あれほど得意げにほざいていたくせに、
いざとなれば、また別の女じゃ。
涼しい顔で、英太郎の昔の女に手を出す始末で、はたまた困ったもんじゃ。
赤い車に乗る女は、10年も前から付き合っておるそうだ。
ところがのう。悪いことはできん。
数日前から康平を取り巻く女どもが、一斉に姿を消したそうじゃ。
真っ赤なスポーツカーのおなごも、座ぐり糸の千尋もじゃ。
まったく罪深い男じゃのう。康平は。
わしの知っている康平はもうすこし真面目で、温厚に生きておったが、
最近の振る舞いはまるで、人の道に外れた鬼畜じゃのう」
「ふぅ~ん。そりゃあ確かに、鬼畜のごとき振る舞いだ。
だが、どこがいいのか、意外なほど康平は女にモテるからな。
その程度の修羅場は、予想できただろう。
身ごもったくらいで手の平を返すように捨ててしまったのでは、
美和子が可哀相だ。
なるほど。ジジィが言う通り、確かにそれでは人の道に反する。
ということは美和子は、この先を悲観して、すでに命を絶ったのかも
しれんなぁ。
哀れだなぁ。くわばら、くわばら」
「充分に考えられることじゃ。
もとの旦那は国外逃亡したため、2度とは帰ってこれん。
康平から見捨てられてしまったら、身重の身体でこの先、生きていても
仕方がない。
どこかそのあたりで息が絶えたと見える。
どれ可哀想だから、美和子の亡骸でも探しに行くか。
お~い、美和子。ジジィが今から探しに行くからな。決して恨むではないぞ」
「くそジジィも随分と、耄碌(もうろく)したと見える。
だが、そう言われてみれば確かにそうだな。
ここ2~3日、千尋の姿も見えなければ、貞園という赤い車に乗る女の子まで、
姿を見せなくなった。
うるさいのが居なくなってほっとしたが、顔を見せないと寂しいものがある。
身重の美和子は、ほんとうに何処へ消えたんだ。
お前が千尋に色目を使ったことが、最終的に命取りになったようだ。
ジジィが言うように、自殺した可能性があるかもしれんな。本当に・・・・」
「馬鹿なことばかり言うな、2人して」康平が、苦笑を返す。
『お~い、やっぱり見つけたぞ!。大変だ、こりゃ大変だぁ!』突然背後から、
徳次郎老人の声が響いてくる。
「おっ、何か見つけたらしい。やはり只事ではなさそうだな、
あの声の様子では」
いち早い反応を見せた五六が、藪をかき分けて声のする方向を目指す。
藪の中は歩きにくい。足元から枯れた蔓草が、からまりつく。
伸び放題の桑の枝は、人の行く手を妨害する。
ようやく藪をこぎ分けて顔を出した五六も、負けずとばかりの大声をあげる。
「大変だ、康平。ありえない事が、ついに起こっちまったぞ。
早く来い。早く来ないとこいつはえらいことになる。
しかしまぁ、思いもかけない展開だ。
大丈夫かお前。無理すんな、ひとりで無理して動くんじゃねぇ。
早く来い、康平。お前の力で早いとこ、こいつを助け出してやれ!」
(助け出す?。いったい何の話だ、2人して・・・・)
康平が、自由にならない藪の中を進んでいく。
数年ぶりに、人の立ち入いりを許した桑園は、前進と後退のすべての人の動きを
さえぎり続ける。
足に絡みついた蔓草は、容易に切れない。
油断すると上空から、蜘蛛の巣が顔面に襲いかかってくる。
手と足にからまり続ける草を断ち切りながら、康平がようやく藪から脱出する。
康平の前方に、母の千佳子の車が停っている。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話 作家名:落合順平