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からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話

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 廃墟となったかつての稚蚕共同飼育所の前を、千佳子のハイブリッド車が
通過していく。
桑が伸び放題になっている雑草地の手前で、ようやく停る。
山林の一角を切り開いて造成された、最大規模の桑園だが、今は
まったく見る影もない。
伸び放題に荒れ果てて、ジャングルのようにツタが生い茂っている。

 「男たちが、もう一度、この桑園を復活させるそうです。
 桑園というよりはもう、昔からの、手つかずの雑木林のように見えます。
 伸び放題で、野生に戻った桑は、もう使い物になりません。
 根こそぎすべて引き抜いたあと、いちど更地に戻します。
 あらためて、桑苗を植えていくそうです。
 もの好きですねぇ、男たちも。
 考えただけで、気の遠くなるような作業量です。
 徳次郎さんの指揮のもと、若い人たちが集まり、活動をはじめたばかりです。
 康平もいるし、同級生の五六君もいる。
 京都から来た英太郎くんも、志(こころざし)をおなじくする仲間の1人。
 それだけじゃない。消防団員で農家の後継者の方たちも、このプロジェクトで
 同じように汗を流している。
 不思議ですねぇ。たくさんの男たちが、夢中になって桑の木と
 格闘しているんだもの。」


 「ここを再開発しようなんて、なぜ男たちは、無謀なことを考えたんでしょ。
 いまはもう、昔のように、養蚕業で食べられる時代ではありません。
 そのことは、男たちも充分に知っているはずです。
 なのに、まるっきり時代に逆行している、徒労と思える
 プロジェクトなのに・・・・
 男の人たちは、いったい何を考えているのでしょうか?」


 「なぜ男達に火が付いたのか、分かんないのかい?。
 このあたりでは昔から、赤城の糸と呼ばれる座繰りが盛んだった。
 でも今はもう、糸を座繰れるのは、数人の年寄りだけだ。
 途絶えかけていた座繰り糸に、新しい火をつけたのは、京都からやってきた
 千尋ちゃんだ。
 糸を紡ぐ若い女の登場が、男たちの夢と希望に火をつけた。
 先のことなんか、誰にもわからない。
 それでも男たちは、立ち上がった。
 捨てたもんじゃないだろう、上州の男たちも。
 夢じゃ飯も食えない。そんなことは此処へ集まった全員が知っている。
 養蚕の衰退を見てきた、徳次郎さんはなおさらだ。
 でも、若い者たちの熱意に負けた。
 徒労だろうが無駄だろうが、大志を持って立ち上がった上州の男たちは、
 とことん突っ走らなければ、絶対に止まらない。
 あんたが、康平をそういう男に変えた。
 愛する女たちのために、男たちが立ち上がったんだ。
 つまらない甘いセリフよりも、黙々と作業している男たちの背中は格好いい。
 上州という国はね。そんな風に寡黙に働く男と、黙々と糸を引く女を、
 長い時間をかけて生み、育ててきたんだ。
 この景色と、ここの気候が、そんな生き方をする男と女を育んできた。
 見ていて何だか、懐かしい光景さ。
 ホッとする光景を、久しぶりに見たような気もする。
 あたしも、夜なべでまた、糸をひこうかな・・・・
 あたしもかつては、赤城の座繰り糸の後継者の一人だったんだ。
 懐かしいねぇ、40年以上も昔の話だけどね。うふふ」