からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話
「呆れちゃうわね、あんた達には。
あなたは居酒屋を辞めて、お百姓にでもなるつもり?。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)で、農業が危機的な状況に
立たされているのに、
これから農業をしょうなんて、ずいぶん呑気なことを考えているのね」
「指導者の徳次郎爺さんも、年々、体力が落ちてきた。
徳爺さんが元気なうちに、多くのノウハウを学んでおきたい。
若い世代で、受け継いでいきたいと考えている。
高齢化が進んで、遊休農地と耕作放棄地が増えてきた。
農家の平均年齢は、66歳を超えたと言われている。
JA(日本農業協同組合)の正組合員のほとんどが、70歳以上。
日本の農業の半分以上を、60歳以上の人たちが支えているんだ。
田舎に生まれ、田舎で育ってきた俺たちが、農業を見捨てて
いったいどうするんだ。
俺たちが守らなければ後がない、と、ようやく気が付いた。
俺たち火をつけたのは、生糸作家の千尋さんだ。
それからもうひとり。千尋さんを追って群馬へやって来た、あの英太郎君。
あの2人を見ているうちに、農耕民族の末裔としての血が、
うずきはじめた」
美和子が目を細めて、康平の背中を見つめている。
2歩ほど離れていた距離を、足を早め、追いついていく。
風花を舞わせた雲が消え、風もおさまり、暖かそうな日差しが戻って来た。
康平の肩へ上着を返しながら、耳元で美和子がささやく。
「あなたが農耕民族の末裔というのなら、それはあたしも同じこと。
東京へ行く18歳の春まで、この大自然に抱かれて育った、生粋の田舎娘です。
すこし、生糸の話をしましょうか。
繭から取れる絹糸は大きく分けて3つです。
生糸(きいと)。絹紡糸(けんぼうし)。紬糸(ちゅうし)の3種類。
私と千尋が紡いでいたのは、生絹と呼ばれる生糸です。
生絹と書いて、「せいけん」「きぎぬ」「すずし」と読まれます。
精練していない状態の絹糸のことです。
ごわごわした、ちょっと固い感触が特徴です。
仕立てあがると、張りのある、突っ張った感じの着物が出来上がります。
絹は蚕の繭から取り出した動物性の繊維です。
蚕が作り出すたんぱく質と、フィブロインが繊維の主な成分。
1個の繭から、およそ800~1,200mの糸がとれます。
天然繊維の中では、唯一の長繊維(フィラメント糸)です。
繭から引き出した極細の繭糸を数本そろえ、繰糸の状態にした絹糸のことを、
生糸(きいと)と呼んでいます。
生糸をアルカリ性の薬品や、石鹸や灰汁などをつかって精練して、
セリシンを取り除き、光沢や柔軟さを富ませた絹糸のことを、製糸した糸、
練糸(ねりいと)と呼んでいます。
100%セリシンを取り除いた糸は、数%のセリシンを残したものに比べ、
光沢が著しく劣るようです。
絹の布をこすりあわせると、「キュッキュッ」という独特の音がします。
絹だけが持つ「絹鳴り」という現象です。
繊維の断面が三角形に近いために、こすり合わせると繊維が引っかかります。
そのため、独特の、「絹鳴り」が発生すると言われています・・・・
凹凸のまったくないナイロン繊維では、この音は発生しません。
あらぁ・・・・なんでだろう。
わたしまで熱くなって、生糸のことを語りだしていますねぇ、うっふっふ」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話 作家名:落合順平