からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話
「俺の中に、農耕民族の血が流れているように、君の中にもたぶん、
節のある赤城の糸を紡ぐ女の血が、流れているんだろうね」
「もう一度いいます。あたしはもう糸なんか紡ぎません。
たぶん、きっと・・・・」
「それでもいいさ。無理にとは言わない。
見ろよ。俺はここから見下ろす、この景色が大好きだ。
俺がまだガキだった頃。
あそこに見える一ノ瀬の大木を中心に、どこもかしこも一面の桑畑だった。
かすかにだが、それをいまでも覚えている。
だが徳次郎老人に言わせれば、それはおそらく幻影だろうと言う。
養蚕のピークと桑の畑は、俺が生まれてくる10年前に
すでに消えていたという。
放置されたまま巨大化した桑畑や、野生化した元気な桑の姿を見て、
そんな風に錯覚したのだろうと言われた。
だが俺は、今でもこの目で見たと、心のどこかで信じている。
同級生の五六もたしかに見たと、同じように語っていた。
来年の春のために、俺たちは、3000本の桑苗を用意した。
そのつぎの年もまた、桑の苗を用意して、さらに桑畑を増やしていく
つもりだ。
いつかまた、ここから見下ろした光景が、一面の桑畑に
変わってくれるかもしれない。
そうならない可能性も、たぶん、同時にあると思うけど・・・・」
「うふふ。強気と弱気が同居しているわね、康平ったら。
ここからの景色が、見渡す限り一面の桑畑に変わる日が、やってくる。
そうなったら、きっと壮観でしょうね。
はじめてあなたから聞かせてもらう、男らしい夢かもしれません。
そういえばあたしたち。未来について語るのは、まったく初めてです。
でも、その未来を語る前にあたしたちは、それぞれに、別の道を
歩き始めてしまいます。
ここが一面の桑畑に変わる頃。あたしは誰といっしょに景色を
見下ろしているのかしら。
人生は、絶望のあとから希望がやって来る。
希望のあとに、また絶望がやってくる。
縦と横を織りなす絹布のように、人は、喜びと哀しみの狭間を生きていく。
泣いたり笑ったりしながら生きていくのよね。
いまのあんたと、あたしのように・・・・」
(136)へつづく
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話 作家名:落合順平