からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話
美和子の髪に染めた風花を、康平が手で払い落とす。
荒地の桑園から、一ノ瀬の桑の大木がそびえている丘陵まで、500m。
中腹部にあたるこのあたりから、市街地が、一望のもとに見下ろすことが
できる。
そのすべてが風花のために、白一色にかわりはじめている。
「風花というより、粉雪のような降り方です。
溶けたあと、乾ききっていた畑に、黒々とした土が戻ってきました。
まるで、あたしとあなたの未来を象徴しているような、一瞬の出来事です。
やはり。一筋縄ではいかないようですね、あたしたちは。うふふ」
透き通る青空と、良好な視界が戻ってきた下りの道で、美和子が笑う。
『あんただって、ほら真っ白』美和子が、康平の髪についた風花を
そっと手で払い落とす。
「あなたの家の、5反の桑畑では足りないの?
荒地にわざわざ手を入れて、なぜ、大規模な桑畑を作ろうと考えているの。
あたしはもう、2度と糸を紡ぎません。
現役の歌手のまま、作詞家として生きていこうと考えています。
この子を育てながら、時期が来たらまた、売れない歌手の世界へ
戻っていくつもりです。
それでもあなたは、ここで、桑を育てるつもりなの?」
「桑を育てるのは、男たち、みんなの夢だ。
俺たちの育った赤城の山麓には、伝統的な「赤城の糸」の歴史が有る。
節のある、独特の光沢を持った糸だ。
しかし。残念ながらいま、赤城の糸をつむげる年寄りは残っていない。
当然、後継者もいない。
その昔。俺のおふくろは、赤城の糸の紡ぎ方を、年寄りから教わったそうだ」
「もう40年以上も前の話でしょ。
あたしが糸をつむいでいたのも、もう、10年以上も昔の話。
全部もう、過去のはなし。
それでもあなたは、いえ、あなたたちは桑を育てるというの?
いったい、誰のために?」
「誰のためでもない。群馬の歴史を受け継ぐだけさ。
ふと、そんな気になった。
良い繭をたくさんつくるためには、健康な蚕を育てなければならない。
そのために、良質の桑の葉を大量に必要とする。
ここに良質な桑を育てて、良い蚕を育てあげる環境を作りたいのさ。
むかし。山里の女たちは夜なべ仕事で糸をつむいだ。
機(はた)を織り、絹を生み出した。
赤城の山麓に、自分たちの手で、赤城の糸を復活させる。
そんな挑戦が、はじまったばかりなんだ」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 131話から135話 作家名:落合順平