ぺんにゃん♪
ミケは牝獅子の背中を叩くように手のひらを押し当てた。そのまま腕ごと呑み込まれる感覚がした。力が、力が流れ込んで来る。
しかし、なんという力だッ!
決壊したダムのごとく流れ込む力に耐えかねミケの躰が弾き飛ばされた。
地面に激しく叩きつけられるミケ。
「大丈夫か我が息子よ!」
すぐにバロンが肩を貸してミケを立ち上がらせた。
「クソッ、あいつの力が強すぎるんだ。指環だ、やっぱり奴の指環を先にどうにかしないと、オレの指環の力は使えない!」
ニャルマリンの指環はアルビノである彼らに力を与える。そのエネルギーソースを絶たなければ、いくら同じ指環で力を吸おうとしても無駄なのだ。
牝獅子は本能の赴くままに、その標的は小さきものに向けられた。
巨大な緋色の眼球に映し出されるペン子の姿。ただそこで静かにペン子は泣いていた。
鋭い爪がペン子に振り下ろされる!
「ペン子!」
叫ぶミケ。ここからでは間に合わない!
ドゴォォォォォォン!!
突如、爆撃を受けた牝獅子。白銀の毛が焼け焦げ、剥き出しにされた皮膚が爛れ、倒れた巨躯を地面に激しく叩きつけ地響きを轟かせた。
なにが起きたのかわからなかった。
バロンが空を指差し叫ぶ。
「あれを見よ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ……!
厚い雲海の中から穂先が顔を覗かせ、まるで重苦しい行進曲を奏でるように巨大戦艦が光臨した。
拡声器を使った低い声が町中に木霊する。
《我が名は大魔王アーロン、唯一にして絶対の支配者なり!》
巨大戦艦はミケたちの真上で停止した。
《この星は今ここにワン帝国の植民地とする。刃向かう者は容赦しない!》
その力を誇示するため、巨大戦艦から地獄の業火にも似た破壊光線が撃ち放たれた!
町を趨った光線は次々と建物を崩壊させ、数百メートルにも及ぶ焼け野原を海の向こうまで続かさせた。
絶望的な光景だった。
傷つき血だらけになった牝獅子がよろめきながら立ち上がった。
雷音が響いた。
咆吼と共に牝獅子の口から凍てつく光線が放たれた。強烈な一撃を受けた巨大戦艦は傾くが、すぐに体制を整えて反撃した。
ミサイル弾の雨が牝獅子に降り注ぐ。
獣の絶叫があがる!
全身を赤黒く染めた牝獅子が轟音を立てながら倒れた。
《哀れなり、それが地獄の悪魔をも震え上がらせると謳われた白獅子の姿か。軍を引き連れずに単独でこの星に来たのが貴様の運の尽き、己の力を過信したな》
巨大戦艦から六機の小型宇宙船が飛び立った。
《ニャーの煌帝を生け捕りにしろ。そして〈パンドラの箱〉を無傷で捕らえるのだ!》
小型宇宙船が地に降り立つ。開いたハッチからマスクと防護服を装備した者ども飛び出し、巨大な牝獅子を取り囲み、さらにはペン子の元へ向かおうとしていた。
爆発の余波を受けていたミケは地べたに這い蹲りながら意識を取り戻した。
「クソッ、なんだあいつら……早くペン子のところに!」
足を引きずるミケは急いでペン子の元へ向かうが、ワンコ族の兵士のほうが早かった。
兵士たちのライフルが向けられた――彼らの行く手を阻むポチとパン子に。
素肌の胸に何重にも包帯を巻かれたポチは、パン子の肩を借りながら、ペン子を守るように自国の兵士たちの前に立ちはだかったのだ。
兵士たちが道を開けた。そこに現れる漆黒の甲冑で全身を包んだ大魔王アーロン。
仮面兜の中から重低音が響いた。
「暗黒公子ポチよ、なぜ我らの前に立ちはだかる?」
「大魔王アーロン様、目的が違うのではありませんか?」
「我が望みは全宇宙を支配することだ」
「ニャース族を討ち果たし、母星アルニマを取り戻すのが我々の目的ではないのですか? 我らは復讐のために立ち上がった筈だ。なぜこの星を支配し、さらにはそこにいるペンギンまで!」
「誇り高きワンコ族の騎士が叛乱をする気か! 叛逆者を殺してしまえッ!」
兵士たちがライフルをポチに向けた。
そこへ現れるミケ。
「手を貸すぞポチ。つーかなんでパン子までいんだよ!」
「だってミケ様のことが心配だったから」
パン子は泣きそうな顔をしていた。だが今は泣かなかった。
アーロンはミケの姿を見て察したようだ。
「そやつがエロリック皇子か、寝返ったのだなポチ!」
「寝返ったつもりなど毛頭ない。だが騎士が仕えるのは正義、道を誤った暴君を正すのもその勤め!」
傷ついた躰に鞭を打ってポチが大剣を振り回す。
兵士の持つライフルを次々と切り落とすポチ。ミケも兵士たちを殴り倒していった。怯む兵士たち、地面を激しく叩く雨音に掻き消されるアーロンの喚き声。
このまま行けばミケたちに道が開けそうだった。
だがしかし!
兵士たちはミケとポチの隙を突いてペン子とパン子を人質に取ったのだ。
アーロンが怒鳴る!
「抵抗をやめるのだ、そこのパンダを殺すぞ!」
後ろから羽交い締めにされたパン子は、口を塞がれながらなにか喚こうとしていた。
「(ごめんなさいミケ様)」
ミケとパン子は動きを止めるほかなかった。すぐに二人を拘束する兵士たち。
勝ち誇った顔をするアーロン。
「なかなかの余興であった。それではフィナーレを飾るとしよう」
アーロンは死んだように無表情なペン子に近づきながら、アラベスク模様に似た装飾をされた〈銀の鍵〉を取り出した。
兵士たちがペン子のきぐるみを脱がせる。
露わにされたその躰。
スクール水着に包まれたその躰には無数の傷痕があった。おそらくどれも古いもの。
切られた痕、火傷の痕、縫った痕やみみず腫れがそのまま残った痕。
どんな痛ましい拷問を受けたのかと思うような、見るに堪えない傷痕ばかりであった。
決して人前では脱がないペンギンのきぐるみ。
すべてはおそらくこの傷痕を隠すため。
アーロンは〈銀の鍵〉をペン子の心臓に突き刺した。
剥き出しにされたペン子の眼。
叫び声があがった、それはアローンの悲痛な絶叫であった。
「ギャアァァァッ吸い込まれるーーーッ!」
アローンの躰がひしゃげながら限りなく細くなり、蜷局を巻きながらペン子の躰の内に吸い込まれてしまった。
一瞬なにが起こったか理解できなかったが、その理解の先には恐怖があった。
アローンの近くにいた兵士も主君と同じようにペン子の躰に呑まれる。
苦悶に満ちた叫び声を背にしながら、兵士たちがミケたちを置いて逃げていく。
マントを翻しながらバロンが現れた。
「いかん、あの封印は絶対に解いてはならんのだ。逃げるぞ、いや逃げ切れん!」
バロンは呆然と立ち尽くすミケの手を引き、さらにパン子とポチも自分の元へ引き寄せた。
〈闇〉が、ペン子から流れ出す〈闇〉が、すべてを呑み込み浸食していく。
その〈闇〉はまるで生あるモノのように、悲鳴をあげ、泣き叫び、嗤いながら世界を呑み込む。
バロンはステッキで魔法陣を宙に描く。
「一世一代の偉大なる奇術を――ッ!」
〈闇〉がすべてを呑み込んだ。
辺りにあった建物も逃げ惑う兵士たちも、天にあった巨大戦艦まで、何もかも何もかも〈闇〉が丸呑みにした。
作品名:ぺんにゃん♪ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)