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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ぺんにゃん♪

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 ポチの中でためらいが生まれた。
「(ニャース族に憎まれ恨まれるのは覚悟の上だった。それはワンコ族とニャース族だけの問題だったからだ)地球育ちのニャース族の皇子か」
「もう輪は大きく広がっているのです。綾織さんはなにも知らずに育ち、ポチさんたちの争いには関係ないはず。なのにどうして傷つけようとするのですか?」
「(不安な要素は早いうちに摘み取らなければならない。やってることはニャースの皇帝と同じだな)貴女はエロリックのことが大切なのだな」
「はい」
 物陰でこれを聞いていたパン子は嫉妬の嵐。
「(ペンギン絶対コロス!)」
 ついにパン子が飛び出した。
 そのことに気づかずペン子は話し続けている。
「綾織さんだけじゃなくて、みんなのことが大切です。世界中のすべてのものが、みんなが幸せになれればいいと思っています」
 この言葉は頭に血の昇ったパン子の耳には届いていない。
「ミケ様はアタシのものなんだから!」
 突然のパン子の登場にペン子はぽか〜んとしてしまった。
「ほよ? 山田さんこんにちは」
 その笑顔の挨拶がパン子の逆鱗に触れた。
「アンタなんかキライ! アンタなんかいなくなればいい!」
「ヒナがなにかしたらなら、本当にごめんなさい」
 辛い顔も、悲しい顔もせず、優しい顔をしながらペン子は謝った。
 さらにそれがパン子には気にくわなかった。
「どうして……ミケ様はアタシだけのものなのに、ミケ様のことがスキなのに、スキなのに、大スキなのにぃーーーっ!」
 大粒の涙を流しながら顔をくしゃくしゃにした。
 ペン子は無垢な笑顔だった。
「山田さんはしあわせになってくださいね。ヒナは応援しています」
「アンタに応援されても意味ないの!」
「でもヒナは本当に山田さんにしあわせになって欲しいのです」
「だからキライ、本当にキライ、アンタなんか大ッキライなんだから!!」
 いつもならそのままパン子は走り去っていた。だが、今日はついにペン子に飛びかかろうとした――パン子の腕が強く握られ引き止められたポチに。
「そこまでにしておけ見るに堪えない。まだ止めないというのなら、誇り高きワンコ族の騎士はどんなことがあっても姫を守るぞ」
「…………」
 パン子は目を丸くして、ポチの手を振り払うと、なにも言わず走って逃げた。
 逃げる最中、パン子は隠れていたミケと目が合ってしまった。
 ハッとしたパン子はさらに大泣きしながら逃走した。

 ミケはどうしていいかわからず、あの場所を去った。
 行く当てもなく町を歩き、意味もなくコンビニに入ろうとした。
 そのコンビニの前に、同じ学校の男子生徒たちが、二人たむろっているのが見えた。
 ミケは視線を合わせずに、そのまま横を通り過ぎようとしたのだが――。
「(キモイのが来た)」
 聞こえてしまった。
 だがミケは構わずコンビニの中に入った。
 ミケがマンガ雑誌の立ち読みをはじめると、男子生徒たちが話をはじめた。
「あいつ知ってる?」
「二年の転校生だろ?」
「あれ女装らしいぜ?」
「キモくね?」
「しかも人間じゃなくて、あのニットの下に猫みたいな耳が生えてるらしいぜ」
「キモッ」
 その会話はミケに聞こえていないつもりだった。
 しかし、彼らの言うとおり、ミケの耳は人間のそれとは違っていた。
 すべてを聞きながらミケは我慢した。
「(いつものことだな。オレの周りにいたヤツらに隠れて見えないだけで、本当はオレのことをよく思ってないヤツらなんていくらでもいる)」
 これまでミケが経験して来たこと。なにも今にはじまったわけではない。
 男子生徒がせせら笑っているのが見えた。
 そこへ新たな男子生徒がやって来た。ミケのクラスメートだ。
 クラスメートの男子はそこにいた二人組に挨拶をする。
「阿久藤(あくとう)先輩こんにちは」
「よぉ宇田桐(うだぎり)。ちょっとこっち来いよ、あいつおまえと同じクラスだろ?」
 指を差されたミケは顔を伏せた。
「はい、そうですけど?」
「キモくね?」
「えっ?(別に俺は……)」
 戸惑う宇田桐だったが、もうひとりの先輩に、
「キモイよな?」
 同意を強く促され、
「はい、キモイと思います」
 心にも無いことを言った。
 ミケはマンガ雑誌を持っていた手が震えるのを押さえられなかった。
「(また裏切られた。こうも簡単に、人は裏切る)」
 同じクラスメートだったので、宇田桐の心は普段から聞こえていた。それにはミケに対する悪意は一つもなかったことを知っていた。
 だから余計に胸が痛かった。
 相手は話を聞かれてるなんて思ってない。だからこのまま済ませればよかった。それがミケにはできなかった。
 ミケは息を吐きながらマンガ雑誌を棚に戻すと、静かな足取りでコンビニを出た。
 そして、三人の男子生徒を心の底から睨み付けた。
 無言でそこを動かないミケ。
 阿久藤が睨み返しながら口を開いた。
「なんだよ、キモイ目で見んなよ(こんな格好してんのに、ちんこ生えてると思ったらマジキモイな)」
 ミケは言い返さなかった。言葉よりも拳が出ていた。
「あがッ!」
 顔面に一発喰らった阿久藤が地面に転がる。
 もう一人の先輩が突進して来たが、ミケは難なく躱した。
 殴られた阿久藤が目を血走らせながら吠える。
「三人でやるぞ!」
 先輩二人が同時にミケに襲いかかって来た。
 残った宇田桐の心の声が、
「(どうしよう?)」
 しかし、先輩たちを前にして抗うことはできなかった。
 三人がかりでミケは襲われ、ついに腕を掴まれてしまった。
 いくら体力がなくとも、一対一くらいなら負けない自信がミケにはあった。
 だが、数に負けた。
 気づけばミケはアスファルトに頬を叩きつけられ、体中を蹴られ踏まれていた。
 痛みに耐えるミケの視線の先には、コンビニからこちらを見ている客や店員たち。誰も外に出て来ようとしない。巻き込まれるのは誰も好きなはずがない。
 もうミケは逃げる体力も残っていない。
 目を閉じるミケ。涙を流すことはなかった。
「(全部わかり切ったことだ)」
 やがて地面に一つ、二つと雨粒が落ちた。
 急に降り出した雨。
 周りにいた奴らがどこかに消えるのがわかった。気配が遠ざかっていく。
 まだ誰も助けてくれない。
 誰かの心が聞こえた。
「(なにあの耳、動いてる!?)」
 ミケは少し離れた場所に自分の帽子が落ちていることに気づいた。
 一生懸命それを拾おうと手を伸ばすが、届かない。
 この猫の耳さえなければ人は助けてくれただろうか――こうなる前に。
 ミケの目の前で小さな手が帽子を拾い上げた。
「だいじょうぶお姉ちゃん?」
 ミケが視線を少し上げると、そこには幼い少女が立っていた。
 いたいけな少女。
 丸く澄んだ瞳がミケとその耳を映し出している。
 ミケは最後の力を振り絞って立ち上がった。
 そして、乱暴に帽子を奪い取った。
 その弾みで少女は転んでしまったが、ミケは構わず帽子を被り直し背を向けた。
 少女が去っていく足音が聞こえた。
 幼い声で少女が泣いている。
 雨の中で少女が泣いている。
 どこかで少女が泣いている。
 ミケは酷く心が痛くなって首につけている鈴を握りしめた。