雨上がりの空
息が荒い。心臓が握りつぶされる。腹に空洞が空いてるみたいに冷たい。僕は、、、辛いんだ。親とも、友達とも、一度は世界とも繋がりを切ったのに。、そん時はつらくなんかなかったのに。嬉しかったのに。今とてつもなく辛い。
僕は公園を出た。歩く。牛のようにゆっくりと。僕はどこか人がいるところにいたかった。なぜか一度も人とすれ違わなかった。無意識に僕は歩き続け、J駅についた。ここにも人は一人もいなかった。僕は今この世界に何が起きているのかわからなかった。
「いつまで歩いているつもりだい」
電車が通らないのにけたたましく鳴り続けたじている踏切の向こう側で僕がいた。
「こっちにおいでよそこの喫茶店で話そう」
「君は誰」
「誰も何もないよ。単なる、事態さ。」
「よくわからない。
「いいからおいでよ。あぁ、それと、もうそのバッグたちは置いていきなよ。必要ないからさ。」
僕はその場に旅行ばっくとリュックサックを下ろした。
僕は踏切をくぐって僕のもとに行った。
「じゃあ行こうか」
「喫茶店はどこにあるの
「何を行ってるんだ。ここが喫茶店だよ
僕らは喫茶店にいた。彼は悪い笑顔を浮かべていた。
「席に座ろう。もうコーヒーは用意されているようだ。アメリカンとブレンドどちらがいい?
「ブレンド
君はアメリカンのどこが嫌なんだい?
「いやというわけではないよ。ただ、ブレンドの方が好きなだけ
「好きがあるから嫌いがある。表があるから裏がある。大があるから小がある。
そして生があるから死がある。そしてこれらは逆も言える。
「だから輪廻は存在し、魂は証明される。」
「うん。そうだね。魂は存在するよ。
「おや、これはチャイコフスキーの秋の歌だね。この独奏曲について何か知ってるかい。
「いや。僕はそこらへんは疎いんだ。
「
「君はこの世界をどう思う。全ての可能性があるんだ。ものは存在せず、事象だけがある。これは当然のことだと思わないか?
はじめのうちはそのような生活に満足していた。自分というものを省みて、生まれてからやっと、自分で自分というものをはっきりと知ることができた気がした。しかし、或る日突然、こんな生活にうんざりとしたものを感じた。あれほど喜びや満足を感じた僕が、この生活に幸せを見つけ出すことができなかった。なら、どうすれば僕は幸せに生きることができるのか、幸せの本質とは何かということを知りたかった。
しかし、それが何なのか、よくわからなかった。
半年が過ぎた。
僕は一日ずっとあの公園にいた。ベンチに座ってぼんやりする毎日だった。ふと、赤い夕暮れのなか、一人の女の子と、そのお母さんであろう女性が手をつないで、公園の前を通っていた。僕は気づくとずっと彼女たちの姿を見つめていた。彼女たちの表情から今まで見たことのない、なんとも言い知れない不思議な力があるように思えた。僕は直感的にその力こそが幸せの本質ではないだろうかと考えるようになった。その日から、毎日、いろいろなことを考えた。幸せの本質。人の生きる意味。僕という存在。それらを生み出す社会の存在。そんなことを毎日、一昼夜考え続けた。そうした日々の中でふと、学校に行きたい、そう思った。僕が今考えていること、その答えがきっと学校にあると思った。僕の体は学校に向かっていた。通りを歩く人々は僕がいることに気づかないために度々ぶつかった。
彼らはやっと気づいたかのように、驚きの顔を呈し、そして僕に謝った。それが僕にはなんとも悲しかった。
学校に着くと、少し迷ったが、しかし校門をくぐった息が荒い。走っていないわけだから、言い訳の仕様がない。緊張しているのだ。昇降口を通り、階段を上った。そして2Dの前で立ち止まった。今の時期だと、おそらく自分の進路も決めて受験勉強に邁進している頃だろう。僕は一つ、大きく息を吐くと、後ろから静かに教室に入った。
教室に入ると、僕が思っていた光景とは少し違うことに気づいた。その相違の原因は授業を見学している人たちがいることだった。おそらく今日は授業参観日なのだろう。しかし、それなら都合が良い。誰かとぶつかって気づかれたとしても怪しまれないだろう。僕は下を向きながら、彼らの視界の邪魔にならないように教室の奥に進んだ。ちょうど一人分のスペースがあったので、そこで参観しようと、顔を上げた。思わず、ほっと安堵していた。そして安堵している自分に驚いた。この半年、誰ともかかわらず生きてきた。一種の幸せを感じていたはずだった。しかしその幸せが今になって、色あせ始めていたことに気づく。先生が佐藤に質問をする。阿呆な佐藤はトンチンカンな答えを自信ありげに大声で言う。ただそれだけのことでクラスは笑いに包まれていた。その光景が、柔らかい黄色をしているように見えた。僕はしかしこれ以上この光景をみることができなかった。僕がこの光景の一部になることは永遠にできないんだそう唐突に思った時、これ以上この教室にいることは僕にとって毒だったからだ。ここにいたいという気持ちを胸に押し込め、僕は教室から出て行こうとした。ちょうどそのときにポケットからケータイが落ちた。それを拾おうと腰をかがめ、手を伸ばしたが、先に拾いあげる誰かの手があった。
「すいません、拾っていただきありがとうございます。」
僕は顔を持ち上げ、拾ってくれただれかからそれをもらおうと、手を伸ばす。しかし僕の体は、途中で止まった。僕の目から一筋の涙がこぼれる。
「いえ、ちょうど足元に落ちていたものですから。もう帰られるのですか。」
僕は彼、いや父に、喉が詰まっていたせいで答えることができなかった。
「えっどうかされましたか!?。静子、ティッシュだ。ティッシュ。」
父は人当たりの良さそうな顔から一変、焦り顔になる。それが僕にはどうもおかしく、ついに、泣きながら笑ってしまった。
「すいません。僕が何か変なことを...」
「いえ、違うんです。少し、昔のことを思い出してしまったものですから。」
父は、僕が何か辛い思いをしたのだろうと思ったみたいだった。
「ポケットティッシュです。どうぞお使いください。」と母が手渡す。
「すいません。使わせていただきます。」
僕は目頭を拭いて、ついでに鼻もかむ。
「しかし、そんなにお若いのに、誰かのお兄さんか何かですか。」と父が話しかける。
「いえ。」
「え?。では、どうして今日は授業参観にいらしたのですか。」
僕は少し沈黙する。
「なんて言ったらいいのか、わからないんですけど...何かなくしたものを取りに来たというか。まぁ何をなくしたのか僕にもわからないのですけど。ただ、この光景が急に見たくなったのです。」
「それは...不思議な理由ですね。」
さすがの父も反応に困っているのかもしれない。
「......でも、なんだか分かる気がします。私たちもそんな理由で来たのかもしれません。驚くでしょうが、実は私達には息子も娘もいません。なのに、急に妻が高校に行きたいなんて言い出すんです。はじめは僕も反対してたんです。通常授業日の、さらに平日に、子のいない親が参観するかってね。」
父は口元に笑みをたたえて、優しい目で授業を見ていた。