雨上がりの空
雀のさえずりが聞こえる。僕は目を開けてしばらく蒼天の空を見上げていた。ちょうど僕の真上に大きなカラスが二匹飛んでいた。彼らをから、らすと名付けることにした。僕はベンチから起き上がる。腕時計を見ると朝9時を指していた。僕は大きく伸びをすると、その場で屈伸と全後屈をした。思っていた以上に体の節々が痛いことに気がつく。僕はベンチに座りなおし、旅行バッグから二枚の通帳を取り出した。中身を確認すると、合わせて124万円だった。これから先いのちの次にこれを大事に保管しなければならない。通帳を元に戻す。僕はリュックサックと旅行バッグを持ち、公園からでた。僕はこのあたりを散策することにした。道路に面している規則正しく並んだ住宅街、大きな鉄塔、その周りを覆う緑色の柵とそれに絡みつく雑草、しばらく歩くと、2車線の通りにでた。近くにあった看板にはd通りと書いてあった。人通りが多くなり、ほど近いところにコンビニを見つけた。コンビニにはいると、急に腹が減った。昨日の朝食以来何も食べていなかった事を思い出す。僕はおにぎりと飲み物、履歴書を手に取りレジに並んだ。出る間際店長が30代の女性である事を確認する。僕はその後もしばらくおにぎり片手に歩き回った。d通りには、外環、s川、tスーパー、ファミレス、喫茶店、緑地地区、マンション、銭湯があった。僕はそれらの場所をあらかた記憶すると、もう一度公園に戻った。僕はベンチに座ると旅行バッグカラパイドンを取り出し読み始めた。霊魂不滅の証明の章から読み始めた。
太陽は気づくと真上にあった。13時34分だった。僕は本を閉じると、コンビニで買った履歴書を取り出し、シャープペンシル片手に名前、性別、年齢、生年月日、住所、高校名を書き込んだ。住所は元いた家のものを書いた。財布を取り出し、残り4枚となった証明写真と印鑑を取り出す。不思議なことに、僕がもともと持っていたものは何も変わっていなかった。僕は履歴書をリュックに入れてもう一度コンビニに出かけた。僕はさっき確認した20代の女性店員に話しかけた。
「すいません。ここでアルバイトをしたいのですが」
「履歴書と身元を証明できるものはお持ちですか?」
僕は財布から学生証を取り出し渡した。
「はい。では、面接がございますのでこちらへどうぞ。」
僕とその女性店員はレジの裏にあるスタッフオンリーのドアを開けて、面接室に入った。
そこで僕は無事合格し、晴れてアルバイトとなった。月曜日から土曜日にシフトを入れた。
「仕事は明日からだから、今日は帰って。明日は8時に来てね。レジ打ちとか教えるから。」
sさんはにこやかに僕に言った。
「すいません。sさんがおしえてくれるんですか?」
「そうね。基本店長が教えることになってるから。」
「ありがとうございます。」
「じゃまた明日ね。」
僕は彼女に挨拶してコンビニを出て、銭湯に向かった。
翌日僕は朝8時ぴったりにコンビニに着いた。
「じゃあこれに着替えてね。」
僕は彼女から一式のスタッフシャツを受け取る。それに着替えると、レジ打ち、納品、清掃、接客の全てを教わった。すでにと店内の時計は13時を指していた。
「昼ごはんにしよっか」と彼女はにこやかに言う。
「店内の物って買っていいんですか?」と尋ねる。
「いいけど、ちゃんとお金払ってね。もしお金払わずに食べたら首だからね」と彼女はにこやかに言う。
僕はのり弁当を一つ買って面接室に入った。
「すいません。僕とsさん以外に誰がいるんですか。」と尋ねる。
「えっとね、私と君とtさんとmさんの4人だね。tさんは夜中にしかこないから多分合わないだろうけど。」
僕は本題に入る。
「あの、一つ相談したいことがあるのですが」
「ん?なに?」
「とてもきいていていやなはなしになるのですがいいですか、」
「なに?」
「実は僕、家に帰ると父が殴りつけてくるので、家に帰りたくないんです。母は僕が小さい頃になくなりました。多分そのせいで父は気が狂ってしまったんだと思います。」
「警察に連絡したほうがいいんじゃない。それか児童相談所とか」
「いや、僕がいない時は普通な人なんです。多分僕のことを見ると死んだ母のことを思い出して苦しいんだと思います。僕がここに来た時、大きな旅行バッグをもってましたよね。実は家出して来たんです。そのほうがどちらにとっても幸せだから。」
「住むところあるの。」
「だから、ここで寝泊まりしてはいけないでしょうか。迷惑はかけません。」
「わかった。」
「ありがとうございます」
「仕事に戻ろうか」
僕が消えて一ヶ月が過ぎた。月曜から金曜日まで働き、土日は基本的に本を読んだり、映画を見たりした。時々、彼女と一緒に山登りもした。彼女は独身らしい。年齢を聞いたがはぶらかされてしまったが、たまたま彼女のスイカを拾って彼女が27歳だということを知った。出費は食費だけだったため、124万円を使わないばかりか少しずつ溜まっていった。僕が寝泊まりしていることはtさんとmさんにも、彼女が巧妙に話を捻じ曲げて伝えられた。tさんは大学3年生の男性だった。髪は短く刈り上げられ、眉毛が太く、まっすぐな目が特徴的な人だった。彼はすぐに僕と仲良くなった。コンビニ内で唯一の男で、よく本を読むらしく、僕とは話があった。mさんは40代のふくよかな女性だった。12になる反抗期の子供が一人いるらしく、よくその子について僕の意見を求めた。僕はこのようにしてコンビニという家族が出来た。僕はひどく心地よい気分だった。
「今君笑ったでしょ。」
「笑ってませんよ」
「笑ってたよー。何を考えてたんだか」
「思い出し笑いですよ」
「見間違いか何かじゃないんですか。それよりほら、シフト入ってますよね」
「そういえばsさん。今度僕シフト変更してもいいですか。」
「そうね,あとr弁当品薄状態だからやっといて。」
「わかりました。あ。sさん。レジ頼みます。」
「え?」
やっと僕はそこで何か違和感らしきものを感じた。
「あの、tさん?多分僕が頼まれたの思うので、tさんは納品お願いできますか」
「はぁ。これ消費期限切れてんじゃん。
「あの、tさん」
tさんは立ち上がる。その時、たまたま僕の肩に彼の頭が当たる。
彼はビクッと体を揺らし、見開いた目で僕の方を見た。
「申し訳ございません。何かお探しでしょうか」
「…は?」
「いえ。すいません。何かご用がありましたらお声掛けください。」
僕は激しい動揺と胸の奥が引きちぎれた音を聞いた。
「t君。レジお願い」
「はい。」
「僕の事。知ってますか?」
行きが震える。
「いえ。何処かでお会いしたことがありますか」
ゆっくりと震える手を下ろす。歯を食いしばらないと立っていられなかった。心臓が飛び出る。
「すいません。なんでもありません」
僕は自分の服が制服に変わっていることに気がつく。足元には旅行バッグとリュックサックが置いてある。
僕は公園にいた。
ベンチに座り込む。
(何が起きたんだ)
僕は自分の握りしめた手を見つめる。