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鍵っ子なむ
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雨上がりの空

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「でもね、なんだか僕も急に行きたくなったんですよ。妻に隠れて近くの高校に片っ端から連絡したらたまたまこの高校だけ授業参観していたんです。急いで会社に休みの連絡を入れて、妻ときたんです。」
「会社を休んでまで来られたんですか...。」
「おかしいと思われるでしょう?でも、仕事なんかどうでもいい、って思えてしまったんですよね。今日、僕の昇進を決める会議だったんですよ。明日になったら社長にこっぴどく怒られますよ。」
「仕事以上の価値がここにはあると」
「いや多分ここにはないんです。ここにあったと言えばいいのか...静子、どう言えばいいんだろうな」
「そうですねぇ。”つながりの痕跡を探しに来た、と言えば良いでしょうか、私にもわかりませんねえ。」
僕はもうこれ以上ここにいることができなかった。あれほど疎ましかったつながりがどれほど価値あるものだったか僕はすでに気づいていたのかもしれない。
「すいません。もう行かなくては。」
「そうですか。楽しかったです。どうもありがとう。」
父はそういった。
「最後にお名前だけでも教えていただけませんか。」と母が僕をじっと見つめる。初めて母がこんなにも小さかったのだと気付いた。
「...僕の名前は、伊藤功ノ助です。...それでは。」
僕はそう告げると何かから逃げるように教室を後にした。


僕は一気に学校を飛び出した。それでは飽き足らずひたすらに走った。しかし常々思う。こうして逃げている時が一番落ち着く。だから僕はこんなにも走っているのだ。気づくといつもの公園にいた。木が一本だけある。そして滑り台が一つあるだけのとても小さな公園だ。たまたま土地が余ったために仕方なしに作られたであろう公園。しかしそこが今の僕の唯一の場所だった。僕はベンチに腰掛ける。ちょうど滑り台が僕の顔を映す。なんの表情もそこにはなかった。そのままでいい。そのままの顔を作り続けろ。ひたすらそう念じた。
「...うっ...」
僕は歯をくいしばる。絶対に泣いてはいけない。二ヶ月まえ、ここでそういったのは誰だ。自分自身だろう。
空を見上げる。曇天の空だ。僕は思わず舌打ちをする。あたかも僕の気持ちを表しているようではないかと思ったからである。つながりがあんなに辛いものだったとは知らなかった。こんなことになるのなら、行かなければよかった。
頭を掻き毟る。
「うぜーんだよ」
僕はポツリ、そう言った。
曇天の空がさらに厚みを帯びる。そしてじっと耐えてきた雲がとうとう水を落とす。雨はすぐに豪雨に変わった。僕の体はすぐに水浸しになった。
僕はずっと不思議だった。なぜ父さんも母さんも、僕を見てくれないのか、僕はここにいるのに、何故僕の未来のことばかり、わかったような顔で話すのか。それが本当に嫌だった。今の僕は未来の僕の土台に過ぎないと思われていることが嫌で仕方がなかった。ぼくよりも、ぼくの未来を愛しているようで嫌だった。僕のためと言いながら、本当は彼らのためなんじゃないかという気がした。だからこの世界から切り離されたとき、やっと、父さんと母さんが期待する”未来”から自由になれたと思ったのだ。この新たな生活で幸せを見つけようと思えた。だが、自由の中に僕の求めた幸せはなかった。僕が欲しかった幸せは”つながり”だった。
「自由を求めれば、本当の自分で生きられる。でもそこに幸せはない。」
そう僕はつぶやいた。自由とつながりは相反するもの。もとから僕が幸せを求めることは間違いだったのだ。僕は俯向く。
「このまま...消えたい。」
「功ノ助」
僕は今、信じられないものを見ていた。
「どうしてここに...」
「功ノ助。父さんと母さんはお前に謝らなきゃならないことがある。今までお前自身を見ていなかった。お前にいつからか愛ではなく自分たちの欲望をなすりつけていたんだ。お前を失って初めて気がついた。」
父さんは僕に頭をさげる。母さんはずっと泣いている。
「本当にすまなかった。だからそんな悲しいこと言わないでくれ。」
僕はこのことばをずっと聞きたかったのかもしれない。
曇天だった空が晴れ上がっていく。
僕は今、何かに満たされていた。不思議な感じだ。公園の真ん中に、白い光が集まる。その光がなんなのか、僕には全てがわかっていた。ふと、空を見上げる。
雨上がりの、あの特有の明るさが空一面に広がっていた。僕はこの明るさがとても好きだ。好きな世界で、好きな人たちと共にいる、このなんたる幸せなことか。
「愛してるわ。功。」泣きながら、母さんはそう言う。
「うん。わかってる。母さん。父さん。」
僕は笑って、そして泣いた。
「頑張ってこい。功ノ助。」
「うん。それもわかってる。父さん、母さん。たぶん、僕も悪かったんだ。僕はここにいるんだって、伝えることが怖くて、臆病だったんだ。...だから、だからこそさ、もう行くよ。」
「功、自分に打ち勝ちなさい。ずっと見てるから。愛してる。」
母はもう泣いていなかった。
僕は母を抱く。母と僕を父が抱く。
「お前がこの世界の、私たちの息子であったなら、どれほど幸せだったことか。」
父は僕をじっと見つめる。そして大きく笑った。初めて父さんの笑顔を見た気がした。
「ありがとう。あなたのおかげで見つけることができた。」
父さんにそう言った。
世界が白く塗りつぶされる。
「さよなら」


気づくと僕は黒板の前に立っていた。
「どうしたん。功。いつまでそこに立ってんの。」
佐藤が不思議そうに話しかける。
「佐藤、ありがとう」
「はっ?意味わかんねーこと言うなよ。俺はバカなんだぜ?」
「佐藤。そのバカが俺を救ってくれたんだ。ありがとう。」
「えっ?どゆいみ?傷つくんだけど。」
佐藤はそれでも、何かを知っているように笑顔で僕と接してくれた。
「おーい、HR始めるぞ。席につけー。」
「また後でな。」

こんな風にまた新しい1日が始まる。始まりは不安なことばかりだ。でもそこには自由があって、そしてつながりがある。ふと、手に握られているものを見ると、そこにはポケットティッシュが握られていた。
僕は、ゆっくりと、窓辺に歩み寄る。
そこから見える空は雨上がりの、あの清々しい明るさが世界をそっと包み込んでいた。
作品名:雨上がりの空 作家名:鍵っ子なむ