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からっ風と、繭の郷の子守唄 126話~130話

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 「やれやれやっと帰ってきたと思ったら、頭ごなしに、人を呼びつけやがる。
 いい話と悪い話の両方が有るといっていたな、たしか・・・」

 畑の真ん中へ鍬を突き立てた康平が、赤いBMWへ歩いていく。
最初の『畝起し』の作業は、すでに畑の3分の2に達している。
一日中鍬を振る作業が続いてきた結果、足腰をはじめ全身を襲った筋肉痛から
ようやく回復の兆しが見えてきた。
その矢先の出来事だ。
泥だらけの手を拭けと、貞園がピンクのハンカチを差し出す。

 「よく見れば、埃だらけじゃないの。
 あとでお掃除するのが大変だもの、助手席へ乗せるのは無理です。
 お百姓さんの格好が、見るからに板についてきました。
 居酒屋をやめて、お百姓さんになってしまいそうな雰囲気が
 漂っていますねぇ」

 カチャリとドアが開き、貞園がBMWから降りてくる。
ミニスカートからむき出しになっている膝が、見るからに寒そうだ。

 「今のところ、そんな野望はない。
 百姓になろうとしているのは、あそこで仕事している英太郎くんの方だ」


 「彼が千尋さんの元恋人ですか。
 京都からやって来た、ウェブデザイナーでしょ。
 千尋のために桑畑を作るそうですが、いまは他人のはずの人のために
 なぜそこまで頑張るのか、わたしには理解できません。
 それをあなたも同じです、康平も。
 いったい何を考えているの、2人して。
 英太郎は恋敵(こいがたき)でしょ。誰が見ても、呉越同舟じゃないの。
 千尋のことはとりあえず置いといて、美和子のことはどうするつもり?。
 このまま本気で千尋と、結婚するつもりでいるの、康平は」

 「手厳しいな今朝の貞園は。前置きは良くわかった。
 本題のいい話と、悪い話というやつを聞かせてくれ」


 貞園が身震いする。朝の外気に寒さを覚えたのだろう。
朝陽に照らし出された畑から、水蒸気が、湯気のように立ち込めている。
『駄目、寒すぎて。あなたも助手席へ乗って』と、貞園が運転席へ逃げ込む。
車の外で埃を叩いた康平が、『悪いね』とつぶやきながら助手席の
ドアを開ける。

 「2つあるうちの、いい方の話から、さきに聞かせてくれ」


 「いい話も悪い話も、どちらも美和子に関係があります。
 先日。岡本さんから連絡がありました。
 君に渡したいものがあるから、桐生へ来てくれと呼ばれました。
 美和子の旦那さんが、離婚届にハンコを押しました。
 本人の希望もあり、判を押した数日後、中国にむけて密出国したそうです。
 岡本さんがいろいろ、骨をおってくれおかげです。
 離婚も、国外逃亡も、すべて本人の意思という形で無事、決着しました。
 気の弱い男だったそうです。
 美和子へのDVは、ストレスの爆発から来たものだろうと言っていました。
 暴力団に弱みを握られていたそうです。
 弱みに付け込まれ、暴力団から鉄砲玉として便利に使われたようです。
 離婚届を預かり、昨日私のマンションで、美和子へ手渡しました」


 「離婚が成立した。そして旦那は国外逃亡。これで一件目が落着だ。
 でもそれを手放しで喜んでもいいのだろうか・・・
 望んだ結果とは言え、現実的には、なぜか複雑な想いがこみあげてくるなぁ」

 「感傷にひたるのは、まだまだ全然早いわ。
 でお話しは、2つ目の悪いほうの話へ続きます。
 一段落してよかったとほっと喜んだのもつかのまです。
 今朝起きたら、置き手紙がありました。
 美和子が、突然、私のマンションから消えてしまいました」