からっ風と、繭の郷の子守唄 126話~130話
「それほど、案ずることもあるまい。
この程度の霜にやられて枯れているようでは、この先、
生きのびることはできん。
何度も自然の試練にさらされる。逞しく根を張ることで養蚕用の桑になる。
この冬の最初の試練が、苗たちを襲っただけの事だ。
康平を見ろ。
あまたの試練に遭いながらも、いまだに飄飄(ひょうひょう)と生きておる。
迫力に欠けるものがある。だが、地道に生きるタイプの男だ。
あいつも変わった男だ。
いまだに10数年前の初恋の相手を、どういう訳か好いておる。
ひと昔が経ったというのに、あいつは何一つ変わっておらん。
大器晩成というが、あいつの場合は晩晩成かもしれん。
いや、ひょっとしたら、一生完成しないかもしれんのう。ふぉっほっほっほ」
「笑い事ではありません、徳爺さん。
俺を桑苗と一緒にしないでください。誰を好きになろうが俺の勝手です。
遅れて出かけてくれば、人の悪口ばかりを言い放題だ。
まったくもって、油断できない年寄りだ」
「地道な頑張り屋だと、お前さんを褒めたつもりじゃぞ。
逆に受け取るとは、度量の小さい男だのう。
・・・・うん?。朝っぱらから真っ赤な車が坂道を登ってくるぞ。
このあたりではあまり見かけない車じゃのう」
「あれはBMWです。・・・・スポーツタイプの新車どすなぁ」
赤いBMWが、坂道をゆっくり登ってくる。
高台にある一ノ瀬の大木の下で、ピタリ停車する。運転席の人影が
サングラスを外す。
静かにドアが開く。降りた瞬間、人影が腰へ両手を当てて、背筋を伸ばす。
桑の大木を、まぶしそうに見上げる。
「康平はん。真っ赤なBMWがいま、桑の大木の下で停りました。
若い女性が降りてきました。知り合いどすか?。
遠目には、すこぶる美人のようにも見えますが・・・・」
「赤いBMWと、美人に見える女?。
そういう女なら一人だけ心当たりがある。
しかし。こんな朝早くから、貞園がこんな場所へやって来るかなぁ?。
貞園だとすれば、あまりいい話ではないような胸騒ぎがする・・・・」
畑に康平の姿を見つけ出した貞園が、遠くから手を振る。
嬉しいのだろうか。一之瀬の大木の下で何度もジャンプを繰り返す。
「老人。話がだいぶ違います。
あれが康平くんが、10年間も想い続けとる初恋の相手どすか?
あの様子から見ると、むこうのほうが、圧倒的に熱をあげとるような
雰囲気どす。
それに、日本人離れした雰囲気も持っております」
「たしかに、そんな感じがするのう。
しかし、初めてみる娘じゃ。わしもあのオナゴのことは聞いておらん。
なるほどのう。子犬が尻尾を振るかのように、なついておるわい。
いったい全体どうしたことだ。
こんな朝っぱらから、また何か、事件でもはじまるのかう」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 126話~130話 作家名:落合順平