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からっ風と、繭の郷の子守唄 126話~130話

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 『赤城颪(あかぎおろし)』が、この頃から猛威をふるいはじめる。
『上州の空っ風』と呼ばれ、北西から吹きおろしてくる、
乾燥した冷たい風のことだ
シベリア寒気団が、群馬県と長野県・新潟県境の山岳部に、
大量の雪を降らせる。
水分を失った乾いた寒気が、上信越の尾根に沿って上昇する。
この寒気が赤城山の山肌に沿って、激しい勢いで平地へ向かって吹き下ろす。
これが季節風の『赤城颪』。
赤城おろしの強風が、畑の砂を巻きあげる
砂塵が空を黄色く染める光景が、冬の群馬の風物詩になる。


 康平と英太郎が準備した、3000本の桑の苗木も本格的な冬ごもりに入った。
霜と凍結から苗木を守るため、畑にわらを敷き詰める。
その上に、わらが飛ばされないよう、防御用のネットを頑丈に掛けていく。
もうひとつ。冬のあいだの大切な作業として、土壌を改善するための
畝(うね)の掘り返しがある。
畝は細長く、直線状に土が盛りあがっている部分のことをいう。
畑の中に畝を作ることで、適度の乾燥と、保湿を維持することができる。
畝の存在は土と水分、空気の3つを、常に適正に保つことにある。


 畝を良好な状態に保つため、畑の表面が凍り始めてくる真冬の時期に、
『畝起こし』と呼ばれる作業を、何度もおこなう必要がある。
通常であれば、トラクターなどで畑を攪拌して土をかき混ぜていく。
しかし厳冬期の作業にかぎり、別の意味合いも含んでいるためすべて、
人の手による作業になる。

 朝。徳次郎老人が新品の鍬(くわ)を手に、2人の前に現れた。
金属製の刃がついている鍬は、農産物周辺の土を掘り起こすために使う。
雑草などを取り除く際にも使用される。
また、洋の東西を問わず一揆や反乱などの時、農民たちの武器としても
使われた。

 「本格的な百姓の必需品といえば、この鍬のことだ。
 シンプルな道具だが、土の掘り起こしから、雑草の退治。
 地中に有る根菜類の収穫や水路工事にいたるまで使えるという、
 万能の優れものじゃ。
 いまどきの若い連中は、機械ばかり使いたがる。
 これでは身体がなまっていかん。
 鍬を一日中振り回すことで、己の足腰が鍛錬される。
 ということで、今日からは上州の冬の名物、『真冬の畝起し』作業じゃ。
 断っておくがこの作業は、春まで断続的につづけるぞ。
 きわめて大切な段取りじゃからのう。
 大地が凍てつく時期だからといって、コタツでぬくぬくしているようでは
 明日は来ない。
 ほい。これが康平用で、こっちの柄の長いほうが、長身の英太郎用じゃ」


 「え・・・・柄の長さに、個人差などがあるのどすか?」


 「当たり前じゃ。人力が全てだった時代に、鍬という道具は万能だった。
 用途に応じて、先端の部分に工夫が施されておる。
 重い粘土用や、軽砂地用は別の形になる。
 2尺から6尺まで、用途に応じ人の体型に応じて、当然のことながら
 柄の長さも工夫されておる」