からっ風と、繭の郷の子守唄 126話~130話
貞園と美和子に見送られて車を降りた千尋が、『役人部屋』を見上る。
『あとでね。頑張るのよ、千尋。ファイト!』
小さなガッポーズを見せる美和子を載せて、真っ赤なBMWが、
駐車場から出ていく。
遠ざかっていく貞園のBMWを、街角に消えるまで千尋が見送る。
携帯を取り出し、懐かしい電話番号を探しはじめる。
(削除もせいで、そのまんま放置しておいたのは、この日のためかしら・・・)
懐かしい電話番号はすぐに見つかる。ためらいもなく、通話のコールを押す。
3度、4度、着信音が鳴る。
『もし、もし』まだ眠そうな英太郎の声が返ってきた。
『まだ寝てるん?あんたは。ええお天気なのに。
窓を開けてお顔を見せてくださいな。』
『千尋か?。窓を開けろって?。どこへ居るんだ・・・・お前』
『役人部屋の真下どす。あんたのお部屋の窓を見ておるわ。
あかんおまへんか。洗濯物を干したまんま寝てしもたら、夜中に凍ります。
群馬の冬は、油断でけへんほど寒いのよ』
窓が開く。パジャマのままの英太郎が、携帯を耳にしたまま現れた。
『よかった。携帯の電話番号が昔のまんまで。
変わっとったらもう2度と、わたしたち、連絡がとれなくなってしまうもの』
『そういう君こそ昔のまんまだ。
君の番号が表示されたさかい、慌てて飛び起きた!』
『その割には反応がとろいではおまへんか。で、どうするん?
お部屋へ入れてくれるん?入れへんの?。
このまんま立ち話をしとったら、洗濯物と同様、あたしまで
凍ってしまいます。
そしたらまた、昔みたいに、冷たい女に逆戻りするわよ』
『乱雑だ。部屋が散らかっとる。まぁ、いつものことやけども・・・』
『あたしが片付けます。いつものように』
『必要なものまで捨てへんで、なるべく、残しておいてくれよ。
俺の手の届く範囲に物があらへんと、どないにも仕事がはかどらなくなる』
『あら。必要なものをいつ捨てたかしら。
ここへ置きますよっていつも言うのに、あんたが上の空で聞いとるから
見失うのよ。
ふふふ。わたしたち、久しぶりやのに、所帯じみた口争いをしとるわね。
着いたわ。ここがたぶん、あんたのお部屋のドアの前。
開けてくださいな。今でもあの頃のように、ウチをことを好きならば』
『す、好きさ、今でも・・・おっ、おはよう・・・・』
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 126話~130話 作家名:落合順平