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ヒトサシユビの森 1.オヤユビ

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「まだ歳が若いと渋っておったのを、党本部からのお墨付きを頂けるのだからと、義理の父である私が背中を押してやりました」
蛭間健市事務所は石束町の町会議員蛭間健市を県会議員に推す多くの支援者で賑わっていた。
選挙事務所として仮設されたプレハブの簡素な建物の壁面には、蛭間の顔を大写しにしたポスターが隙間なく飾られている。
当初事務所内にはパイプ椅子が用意されていたが、来所する支援者が予想以上に多く、椅子は撤去された。
演説に耳を傾ける聴衆は皆、立ち見だった。
蛭間の義父の応援演説はさらに続いた。
「そういうわけで今回、この蛭間健市くんがめでたく県会議員選挙に出馬することになり・・・」
義父の演説を立ったまま神妙な面持ちで聞き入っていた蛭間の携帯電話が振動した。
蛭間は俯き加減で聴衆に背中を向け、スーツの内ポケットにしまってある携帯電話をほんの少し持ち上げた。
玉井聡からのメール着信だった。
メールの中身を見ることなく蛭間は、支援者たちのほうに向き直って笑みを浮かべた。

蛭間健市の名を連呼する選挙カーが田園地帯を貫く農道を走り抜けた。
面積の大半が山林を占める山間の町・石束は、商店や事務所ビルがJR駅前に集中しており、街区を抜けるとすぐに農耕地帯が広がる田舎町である。
選挙カーの姿を見つけると、もんぺ姿の老婦が農作業の手をとめた。蛭間健市は選挙カーの窓から顔を出し、手ぬぐいで汗を拭く農婦に手を振った。
そんなことを繰り返しながら、蛭間を乗せた選挙カーは、町内の集落をくまなく駆けまわった。
そして再び石束駅前の街区に戻ったところ、選挙カーはとある建物の前で速度を緩めた。
「蛭間健市、蛭間健市がご挨拶にまいりました」
ウグイス嬢のノイズ混じりの大音量が街区の建物に反響した。選挙カーはしばらく”茂木医院”の看板を掲げた建物の前で停車した。
古ぼけた茂木医院の建物から、白衣を着た茂木慎平がバタついた足どりで表に現れた。
携帯電話を耳にあてた茂木の表情は、目に落ち着きがなく若干狼狽えていた。
選挙カーの窓から右手を大きく振っていた蛭間だが、茂木の姿を認めると、射貫くような視線を茂木に向けた。
そして開いた手をゆっくり閉じ、拳を作った。左の手には茂木だけに見えるように携帯電話が握られている。
口角をあげ微かな笑みを浮かべた蛭間の横顔は、ウグイス嬢の連呼とともに街区から走りさった。
茂木の顔面から血の気が失せた。
携帯電話をだらりと下におろした茂木の唇が小刻みに震えた。