からっ風と、繭の郷の子守唄 121話~125話
(ということは、・・・
指先にふれたのは、実行犯ということになる。
拳銃らしきものも床に落ちている。
撃たれて、怪我をしている状態なのだろうか?。
でも、息使いが聞こえてこない。
絶命しているんだろうか、それとも、ただ気を失っている
だけなのだろうか。)
貞園の指先が、実行犯の全身を確認していく。
その途中で、どろりとした生暖かい感触が指先に触れた。
実行犯から流れている血液だ。
(血の感触だ。やっぱり撃たれている!・・・・)衝撃が身体の奥から
突き上げてくる。
その瞬間。貞園の呼吸が、いつも以上に乱れてくる。
過呼吸が発生するときの前触れだ。
(あ・・・持病が騒ぎ始めてきた!。駄目よ落ち着いて。
落ち着くのよ、貞園!)
必死に自分自身へ言い聞かせる貞園。しかしその背後から、男の声が
勝ち誇ったように響いてくる。
「おっ、有ったぞ。見つけた。これが配電盤だ。
いま明るくするからな。もう少し我慢して待ってろよ、お前さんたち」
(万事休す。ついに時間切れだ・・・・
悔しいけれど、ここまでだ。ゲームセットです・・・)
観念した貞園が両目をつぶる。
実行犯の身体に触れている指先の動きを止める。
不規則に上下動を繰り返している実行犯の胸の上へ、崩れるように
自分の頭を落とす。
(間に合わなかった。あなたを助けることはついに、叶わなかった・・・・
全部、出遅れたあたしのせいです・・・)
貞園が涙と一緒に唇を強く噛み締めたとき。入口で何やら誰かが動く
気配がした。
まばゆいばかりの懐中電灯の光が、ぐるりと店内を照らし出す。
次の瞬間。すばやく光が消される。また元通りの真っ暗闇が戻ってくる。
突然の外部からの光に、『なんだ!』『誰だ!』『どうしたんだ』
店内が激しくざわつく。
招待客たちが一斉に体を起こそうとする。
その時。閃光を放つ物体が、外部から投げ込まれてきた。
ゆるい弧を描いて投げ込まれた物体が、コロコロと床の上を転げまわる。
物体から、大量の白煙が噴き出す。
『発炎筒だ!』誰かが大きな声をあげる。ふたたび入口から閃光を放つ
物体が投げ込まれる。
さらに3個目の発炎筒が、カウンターを越え、厨房の奥を向かって
投げ込まれた。
立ち込める煙の中。ふたたび入り口で懐中電気が灯される。
光の輪が実行犯と貞園の姿を捉える。また懐中電気の明かりが消える。
4つめと5つめの発炎筒が、室内へ転がり込んでくる。
店内に、さらに濃密な煙が充満していく。
咳き込む声と、煙にむせぶ声で、店内が騒然とした状態にかわっていく。
つぎの瞬間。入り口から2人の男が店内へ飛び込んできた。
2人ともフルフェイスのヘルメットを被っている。
侵入した男のひとりが、銃撃犯を抱きあげる。
もうひとりが、呆気に取られている貞園に駆け寄ると、そのまま強引に
抱きあげる。
くるりと向きをかえ、出口へ向かって駆け出していく。
「敵だ、新手だ。他にも仲間がいやがった!。
畜生め。逃がすんじゃねぇぞ。女と実行犯を奪われた!」
護衛の男が立ち上がる。追撃の体勢に入ろうとしたその瞬間。
出口で、フルフェイスの男が立ち止まる。
ヘルメットの下で、男が不敵な笑いを浮かべている。
『置き土産だ。たっぷり楽しんでくれ』
そう言い捨てた瞬間。手にしたライターで、導火線に火を点ける。
次から次へ、火のついた爆竹が店内へ投げ込まれる。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 121話~125話 作家名:落合順平