それから (それからの続きの・・・の続きの・・続き)
それから(22) 最小の 家族へ
どうやら俺は、ある一定の周期で、自分の身の上を左右する出来事に、自ら足を踏み入れて来た様だ。
そして、その結果が、吉と出たのか凶と出たのか、未だに判断は出来ないが、まあ兎に角、命だけは拾って、食い繋げた事だけは、確かだ。
何かが起きる。何かを起こす。
その度に、俺は、多くの友人達に助けられた。
ふと後ろを振り返る・・
フィリピンから帰って、もう少しで13年が過ぎる。
思えば長く、また、一瞬の時間でもあった。
『真面目に生きているか? 自分に嘘は吐いていないか?』
これは、ばあちゃんが、何時も云ってた言葉。そんな気もするが、よっちゃんのオヤジさんが、ばあちゃんの言葉として、俺に言い聞かせてくれたのかも知れないとも思う。
その言葉を、両立させて生きて来たとは、決して言えない。が、その時、その時を、あの時は、真面目に生きて来た、また或る時は、自分に嘘を吐かないで生きて来たとなら、言えるかも知れない。
まことに都合の良い言い訳だ。
此処一番で、何もかも捨てて事に当れるのは、大嫌いな父親の無鉄砲からの頂きもの。
ポツンと一人、この世の隅っこで、どうすれば好いのか分からず、途方に暮れる人に目が向くのは、これまで俺を苛め続けて来た周りの冷血漢のお陰。
関わりを持ち、何時しか別れて行った人の名を呼びながら、どうぞ元気で幸せに・・と祈れるのは、顔さえ知らないママのお陰。
言うべき事は、相手が誰であろうと言い、一生、俺の心に秘めておかねばならない事は、決して口にしない。それは、僅かの関わりしか無かったけれど、常に俺の事を抱き締めながら、あまりにも短い生涯を終えたばあちゃんからの財産。
こうして考えれば、俺に取って、憎い人など一人としていない。
ギスギスした、俺の考えが、一体どうして変わって来たのだろう・・
それは、今、一緒に暮らしている多恵と出遭った頃から、俺の知らないうちに徐々に変わって来たとしか思えない。
数年前の2月8日、その日は、この地方では珍しい大雪。
当然、仕事は、出来ないから、早々に家に帰る。
そこに当時交際中の多恵からのメール。俺は、雪の日だというのに、多恵と夕食を共にした後、何とも幻想的な白一色の雪景色の中で、彼女に求婚した。
といえば格好が好いけれど、その実、彼女に要求されて、寒い日だというのに、汗をかきながらの事だった。
話は、その時から続く・・
避けて 通れない こと
その日は、近年珍しい積雪で、現場の作業は中止。俺達は、資材置き場などを簡単に片付けただけで早目の退社となった。
雪は降り続き、俺は、部屋でゴロゴロしているうちに暫く眠って居た様だ。
目覚めると、携帯が着信を知らせている。
(雪だね。仕事は?)
(今日は 早目に帰った)
(もう。お家なの?)
(Yes)
(こんな日は、日本酒だよ。暖まって帰ろうよ)
(だから もう 帰ってるって)
(じゃあ、再び外に出て来るのだ、さんばんくん!)
(・・はいはい)
って事で、
いつもの居酒屋に行くと、こんな雪の日だというのに、店は大盛況。まったく・・座る処もありゃしない、と思っていると、
「おっ、そこの美女と野獣、今日は満員じゃけん、こっちに来て一緒にすわれ」
と会社の同僚が声を掛けた。
俺達は、一瞬顔を見合わせたが、客が立て込んだ今日の様子では、お招きに与る以外ない。
「やっぱり女性が居ると、ええのう。」
とか言って、何だか俺達を肴に、急に盛り上がる同僚達。
何時もとちょいと違った調子だから、俺も、多恵も、少し早目に失礼した。
そして、雪の日だけど、何時もの様に、俺達は並んで歩き始めた。帰り道の話は、今度は俺達が、同僚を肴に・・
広い通りを暫く歩き、右に曲がって坂道を上るのが通常の帰宅コースだが、
「さんちゃん、こんな雪の日だから、もっとロマンチックを感じようよ。」
と、多恵が。
「ブーツ履いて、しっかり着込んでは居るけど、そんな覚束ない歩き方じゃぁな・・」
「だから・・、そんなわたしをしっかり支えてくれても好いんだよ。・・そして、坂道なんか避けて・・、ずっと向こうの公園の在る通りを廻っても好いんだよ・・」
(そりゃぁ、俺は、スパイク付きの色気も何もない長靴で、滑る心配など無いのだけど・・)
と躊躇していると、多恵は、俺の腕をそっと抱く様にしてくっ付いて来た・・
「暖かいね、さんちゃん・・」
「そう・・」
「うん。・・ほんとに綺麗だね、何処も真っ白・・」
「雪だから・・白いに決まってるだろ・・」
「もっと気の効いた台詞、言えないの? 女はね、幾つになっても・・・、あっ、そうだ・・。さんちゃん、わたし達、これからの話をする時、少なくともわたしは、あなたと一緒に・・ってつもりで言ったり聞いたりしてるのだけど・・、さんちゃんは?」
「・・うん、俺も・・、そう。」
「それって、何か変だね。」
「・・?」
「だって、あなた、わたしに、なんにも言ってくれてない・・」
「・・」
「雪の日だから、映画の様に膝間づいて・・とは言わないわ。だけど、ひとつの区切りだから・・」
「(なんでこういう話しになるんだ・・)・・、あのな、俺・・」
「うん・・」
「そんなに近くで見上げるなよ・・」
モタモタしながら、こんな寒い日なのに、俺は・・汗をかきながら・・、やっとの事で彼女に結婚を申し込んだ。
「うん、これから、もっと幸せになろうね。」
「今のままで好いよ。」
「夢がないなあ・・。ロマンチックじゃないなあ・・。」
俺は、ずっと俺の腕を抱いていた彼女の腕をそっと引き離した。そして、少し膝を曲げて、片腕で、俺の隣に立つ彼女の両脚を抱え、もう一方の手で彼女の手を掴み、ヒョイと肩まで持ち上げた。
多恵は、小さく悲鳴を上げたが、すぐに俺の肩と腕に上手に座った。彼女の胸から上は、俺の頭上に在った。
「どうだ、景色が違って見えるだろ?」
「うん・・・」
「何時も俺の事、その辺りから見ててくれよ。」
「うん・・」
俺は、恥ずかしがる彼女を肩に載せたまま、公園通りを暫く歩いた、期せずして神様からプレゼントされたこの日に感謝しながら・・
いろんな 涙
神様は時々、バカな俺達には、到底理解し難いストーリーを、その一人ひとりの人生に描く。
たった一人の家族を奪われ、俺は、親父の弟の家に転がり込んだ。っていうけれど、その時、俺の意志なんてまったく蚊帳の外。
生きる術。小さな俺には、そんな言葉が有る事さえ分からなかったが、今、考えると、子供なりにそうするしか仕方ないと心の何処かで思っていたのだろうな・・
其処では、良い思い出なんか、只のひとつも浮かんで来ない。憂さを晴らす為、兎に角喧嘩の日々。中・高校時代は、かなりなやんちゃだった。ほんとは良い子に成りたいんだという気持ち、なんでこう悪い方向にばかり行くんだという気持ち・・、とにかく揺れながら・・。
でも、真面目に仕事だけは・・ 『仕事をしない人は、犯罪者と同じだよ。』 と言った婆ちゃんの言葉が忘れられなかったから。
作品名:それから (それからの続きの・・・の続きの・・続き) 作家名:荏田みつぎ