それから (それからの続きの・・・の続きの・・続き)
(俺は、親父の様な本物の極道なんかとは違うんだ。とっても優しい婆ちゃんの遺伝子を、全部貰ったんだから・・)
そして、オジキを家の床に敲きつけて、こんな国から飛び出した。
帰る気など無かったから、帰りのチケットなど必要ないから、田舎に向かうバスの窓から、紙吹雪にして・・
だが、
その国で、人の心の温かさに出遭い、生きて行く事の意味を考える様になった。数年後、俺は、洗礼を受けた。洗礼名は、ユダ。
『十二使徒には、二人のユダが居た。一人は、あの有名なユダ、もう一人は、世の最底辺で苦しむ人々を救う誓いをたてたユダ。さて、俺は、死ぬ時、どちらのユダとしてあの世に行くのか・・自分で自分を見てやろう・・』
帰る気など無かった国の、ある意味象徴である新幹線の中で、俺は、そんな過去の思い出を、断片的に思い浮かべる。
ホームに降りた俺を、一足先に来ていた(帰っていた)多恵が迎えてくれた。滅多にないスーツ姿の俺に、
「馬子にも衣裳だね・・」
「・・首が・・苦しい。早く脱ぎたいよ。」
そして、案内されるまま、俺は、彼女の御両親に挨拶する為に・・
「・・大丈夫?」
「何が?」
「なんだか何時ものさんちゃんじゃない・・」
「着慣れない服の所為だ・・」
内心やや・・随分・・心配だったが、俺は、強がりを言いながら・・
多恵の家では、俺の心配に反して、御両親は、にこやかに迎えて下さった。(ああ、助かった・・)
一通りの挨拶の後、御両親の承諾を頂き、食事の席での話だけど、彼女の母親が、
「実はね・・」
と。
多恵と俺との交際を知った父親は、『あの娘(こ)は、奴に騙されている。良い様にあしらわれているだけだ。』と、悪し様に俺を非難していた。そして、徐々に深まる俺達の話を聞くうちに、居ても立っても居られない気持ちになり、俺のかつての素行を知らせ、多恵に俺の事を諦めさせようとする為に、俺の生まれ故郷を一人で訪ねた。
父親が、どの様な繋がりを頼って俺の事を調べたのかは知る処ではないが、彼は、俺をよく知るよっちゃんの親父さんの家に辿り着いた。
よっちゃんの親父さんは、俺の事を、正直に包み隠さず話した。
そして、最後に多恵の父親を、婆ちゃんのお墓に連れて行った。
「そしてね、『毎年わざわざ仕事を休んで、命日のお参りを欠かさないのですよ。確かに昔はどうしようもない奴だったが、今の彼なら、きっとお嬢さんを幸せにしてくれますよ。』と言って、『私からも宜しく・・』と頭を下げられたそうよ。主人は、帰り道、車を運転しながら、その方の言葉や態度を思い返すうちに、あなたの事を徐々に好きになったんですって・・」
母親の話を聞きながら、俺の胸に、これまでの彼の地での事や、多恵と出会ってからの、様々な思い出が浮かんで来た。そして、何年も過ごした彼の地で頂いた全てのもの以上に、僅か1年余りしか付き合っていない彼女から貰ったものの大きさに たぶん気付いたのだろうな・・
どうしてだか分からないけれど、なんだか込み上げるものが・・グッと来て 俺は、不覚にも涙を見せてしまった。
気付けば、隣でも、多恵がハンカチで目頭を抑えていた・・
それにしても、こんな席に、彼女の弟や妹まで、それぞれ家族連れで来てるなんて・・。よほどどうかしてるよな、この家族。
そして、
「もう家族みたいなものだから、今晩、此処に泊まりなさいよ。・・さんばんくん、こんなに体格の良い人だとは思わなかったけど・・、多恵ちゃんの部屋のベッド、セミダブルだから、何とかなるでしょ。」
と母親が・・
「えっ・・! いや・・あの・・・」
「・・って事は、・・・まだなの・・?」
って、みんなで俺達を見るんだものなぁ・・
彼女の親父さんが、これ以上ない笑顔で、弾ける様に笑った。
多恵の家を辞して、俺は、一応結婚の報告と、これまでの諸々のお礼を言う為に、よっちゃんの親父さんを訪ねた。そして、変な言い方だが、急に里心が起きて・・一度フィリピンに行く事に決めたと話した。
「さんちゃん、フィリピンは、何処にあるんだ?」
と、傍に居たよっちゃんが訊いた。彼は、知的障害者だけど、とっても素直な、神様の様な存在だ。
「海の向こうだよ。」
「ふ~ん・・、じゃあ、船で行くのか?」
「船じゃなくて、飛行機で行くんだ。」
「ああ、飛行機か・・。ぼくは、まだ飛行機に乗った事は無いけど・・、一度でいいから空を飛びたいなぁ・・」
「・・・俺と、一緒に行くかい?」
「ほんとか? 飛行機に乗って、行くのか?」
よっちゃんと話すまでは、そんな事、思ってもいなかったが、俺は、なんだか急に、俺を育ててくれた彼の国を、彼等に観て貰いたくなった。だから、
「じゃあ、よっちゃんと、親父さんと、俺の三人で行こう。」
と、誘った。突然の話に、親父さんは、かなり驚いた様子だったが、結局、俺とよっちゃんの説得に負けた。
今までのよっちゃんの親父さんの親切に比べれば、二人のチケット代なんて安いものだ。
生まれ故郷から帰って、最初の日曜日、俺は、多恵と二人で、住まいからちょいと離れた処に在る山に登った。
其処は、俺の好きな場所のひとつで、晴れてても、小雨でも、寒くても暑くても、黙って、俺を癒してくれる。
中腹に車を停めて、一時間あまり歩いて、山頂近くのお堂の前に・・。
多恵は、其処で、なんだか長い間手を合わせていた。
「何をそんなに沢山お願いしたんだ?」
「いろいろ・・」
「そう・・」
「でも、お願いじゃないんだよ。・・お礼・・、いろいろありがとう、ってね・・お礼・・」
「そう・・」
少し景色を眺めた後、急峻な岩場に備え付けてある鎖を頼りに、俺達は、山頂を目指した、すぐ前を怖がりながら登る彼女を抱える様にして・・
「・・なんだよ、日頃の元気は何処に行った?」
「だって・・こんな急な岩場、初めてなんだもの・・。落ちたら・・」
「大丈夫。・・もし落ちたら、救急車呼んでやるよ。」
「冗談なんか言ってないで、もっと支えててよ・・」
「人生は、厳しいんだ。人を当てにするなって事。」
「なによ、か弱い女性に、こんな処を登らせて・・ 向こうの小道を廻って登れば良かったのよ・・意地悪・・」
「俺は、此処を登るのが好きなんだ。」
「・・もう、嫌い!」
「ああ、そう・・」
「でも、・・好き。」
「ああ、そう・・ ありがとね。」
「さんちゃんは・・?」
「勿論、大好き・・、この岩場のルートがね。」
「バカ!」
山頂で、瀬戸内の静かな海に浮かぶ、様々な形の島を眺めながら、二人、暫く、黙って並んで座っていた。
傍に居る多恵が、どの様な事を思いながら座っているのかは分からないけれど・・俺の頭には、不思議なほど過去の事は浮かんで来なかった。
5月に訪ねる懐かしい国、これから始まる彼女との生活、それを基にした将来の・・いろいろ遣ってみたい事・・
ふと我に返り、横に座る彼女を見れば、なんだかニコニコしながら俺を見ていた。
「・・なんだよ・・?」
「なんでもない・・」
「そう・・、さあ、下りるか。」
「うん、おなか空いたね・・」
「・・(もう・・食い気かよ・・)」
甘えついでに、会社にひと月余りの休暇を申し出た。
作品名:それから (それからの続きの・・・の続きの・・続き) 作家名:荏田みつぎ