癒して、紅
「いってくる」
「いってらっしゃい」
「あ、今日だったよな、友だちと会うの」
「ええ。帰りが少し遅くなるかもしれません。ごめんなさい」
玲來は、普段通りの面持ちで夫を送り出した。扉のむこうにその姿が消えた。
目を閉じ、深呼吸をゆっくりとしながら目を開けた。踵を返し、出かける身支度を始めた。
まだ、トオルからの連絡はない。本当に来るのか、会えるのかわからない。だけど支度をしておかないと、と落ち着かなかった。
「どんな服装がお好きかしら…」呟きながら タンスやクローゼットを開けて眺めまわす。
なんとなく決めていた服を取り出しては、鏡の前であてがってみる。ポーズして微笑んでみるが、その笑みはどこか歪んでみえた。
初めてトオルと会う嬉しさと緊張は、玲來自身、思っていた以上に胸を詰まらせていた。
文字で話していたことを現実にしたとしたら…… 鼓動が早くなった。
「落ち着け… まだ連絡も来ていないのに… はぁどうしよう… 」
玲來は、すでにした歯磨きをまた始めた。
顔を洗い、タオルで拭き鏡に映った顔を見た。「こんにちは」言って笑った。
ドレッサーの前。化粧水が肌に沁みていく。乳液がしなやかに肌に馴染んでいく。
気持ちの変化が肌にも伝わるかのように 玲來の化粧も滑らかに整っていった。
濃くなく、かといってぼやけた顔にならないように作った顔は トオルにどんな印象なのだろうかと鏡の中の自分を見つめた。
リビングでソファに置かれた携帯電話が着信を知らせた気がした。
小走りに駆け寄り、手にしたが、思い違いだった。ふっと息をもらし、置こうとした時、本当に着信があった。音声でない伝言だが、トオルとの距離を近くに感じた。
「来ちゃったね」文字に声をかけた。
『わかりました。じゃあ 此処で・・・・・』
玲來は、土地に詳しくないトオルにもわかりやすい場所を伝えた。
玲來は 着替えを済ませて家を出た。家を振り返ることなく、青く晴れた空を見上げた。
「お天気で良かった」
待ち合わせ場所までは、公共交通機関を使って一時間満たないところだ。そんな狭い地域の中、誰と会うとも限らない。それでも気持ちは前に進んだ。