癒して、紅
今週の仕事も終えた帰り道。空はまだ明るく、風も穏やかに吹いて 仕事の疲れにほっとひと息ついた。玲來は、手持ち無沙汰に 携帯を開いた。液晶画面には トオルから着信があることが見てとれた。
「あっ」
瞬時に 玲來の頬は上がり、目元が細く下がった。誰もが見ても 嬉しい表情とわかるだろう。通りがかりの人がいなかったので その表情はすぐに壊れることはなかった。
『週末 会うぞ』
『え? なにそれ?』
『そっちで 仕事。ついでに 遊ぶ』
『そ、そうなのね』
『だから、出ておいで』
帰宅までの道で トオルと玲來は言葉を送り合った。
『着いたら連絡するからね』
この週末、玲來の夫が留守になる事は、以前のやり取りで承知のことだった。
そしてその日に、何かに悪戯を仕掛けられたようにトオルの仕事が舞い込んだのだ。トオルは、二つ返事で依頼を受けた。玲來に会えても会えなくても、トオルにとっては有意義な仕事の依頼だったからだ。
会えるのかな…
玲來の気持ちは 大きく揺れた。
会いたい。
そう心には、動かしようのない感情が腰を下ろした。
トオルに会うことなど 玲來の想像の中だけのことだった。
現実にその日が来るとなっても、まだ半信半疑にしか捉えられないことだった。
その日の夜。言葉を交わすふたりは、いつもの仮想の恋愛ごっこが繰り広げられた。文字を書き並べれば、小説の一頁のようだ。このままラノベの本にしてもいいような妄想の世界ができあがっていった。
『じゃあ、このプロットで今度しようね』
トオルのその一文に玲來の手は止まった。軽い返事のつもりが何度もキーを打ち間違えて、返信までに時間がかかった。その状況をトオルが勘違いして察したらと思うと、またタッチミスをしてしまった。
『だね 笑』