癒して、紅
山の手に入っていくと、ロッジ風の喫茶店があった。
「さて、ひと休み」
トオルは、どこにいても振る舞いがうまい。玲來は、日記での印象を目の当たりにして トオルの背中に安心した。
大人が優に4人並んで上がれそうな一枚板の階段を、トオルの後ろについて上がった。
入り口の洒落た木枠のドアを開けると、マスターらしき男性が微笑んだ。耳障りでない曲が店の装飾品のように感じられた。
トオルは、店内をぐるっと見渡すと「此処、いいですか?」その人に訊いた。
お好きなところに、とでもいうようにその男性は、掌を差しだした。
「いらっしゃいませ」
その男性は、ちょうどトオルと玲來が決めた頃合いにテーブルにやってきた。タイミングも無駄のない動きだ。ふたりがそれぞれにオーダーし終えた。そして、トオルは、付け加えたのだ。この店の階段やドアなど、こだわりのおいしいところを…
その男の表情が 一段と明るくなった。トオルは、女性に限らず、誰しもの気持ちを掴むのがうまい。その様子に玲來は、またトオルに惹かれた。
トオルを見る玲來と目が合ったトオルが、窓の方を指差した。
「わぁ、素敵!」それにつられて見た玲來は、呟いた。
木枠の窓から見える外の景色は、額に入れられた絵のように見えた。
「凄いね。入ってすぐにここの席がいいってわかったの?すごい!」
玲來は、その感動が零れ落ちないように両手で頬と口元を押さえた。その嬉しさは、目元に全部溢れでていた。そんな玲來をトオルは特別に可愛いと感じた。
初対面のお遊びで会うつもりだったトオルにとっては、意外な気持ちだった。
もっと喜ばせてあげたい…
玲來の気持ちに入り込みたい…
その気持ちが、運ばれてきた料理を美味しそうに食べる玲來に世話を焼いた。
玲來も トオルへの想いが変わっていくのを感じていた。
ふたりっきりになりたい…
お互いに 言わぬままに想いだけが重なっていくのを感じとっていた。
「ごちそうさま」
ふたりは、マスターに挨拶をすると、手を取って階段を下りていった。