からっ風と、繭の郷の子守唄 116話~120話
貞園が、助手席を離れる。
ハンドルを握っている男が、そんな貞園に背後から声をかける。
この男は長身だ。大きな外車だというのに、窮屈すぎるように運転席へ
収まっている。
「綺麗な姉さん。悪かったなぁ。
あんたの大事なお人をボコボコにしたのは、おいらだ。
手加減したつもりなんだが、おやじに命令されれば、暴力は嫌だと断れない。
おやじの命令は絶対。そいつもまた組のしきたりだ。
あいつも殴られて痛かっただろうが、殴った俺の胸も痛かった。
そこまでされるのを承知の上で、あいつが頼み込んできたのが、この一件だ。
俺たちも、なんとかあんたたちの力になりてぇ。
うまく事を運びてぇと思っている。
綺麗な姉さん。襲撃犯の情報を提供してくるのはあんたひとりだけだ。
銃撃犯をとっ捕まえて、みんなの期待に応えてやろうや。
ありがとうよ、差し入れ。丁度、小腹がすいていたところだ。
寒いから早く行け。いい女に風邪でもひかしたら、あいつに申し訳がねぇ。」
「うん。じゃ、また明日」
「おう。またな。
あ・・・・いや、ちょっと待て。まだ用がある。
いいからここへ来い。姉ちゃん。
あんたのその、綺麗な背中をちょっと見せてみな」
怪訝な顔のまま、貞園が運転席まで戻って来る。
言われた通り、運転席に座っている男に向かって、背中を向ける。
「おっ、やっぱり良いスタイルをしているな。
姉ちゃん。惚れ惚れするほどのナイスボデイだ、見るだけで
ゾクゾクとするぜ。
だがよう。こいつだけはいけねぇや。
冷静を装っていても、思わぬところで・・・・
なんだっけか、足が出ちまうのは?」
「馬脚。馬の足。」
「そうそう。その馬の足が、こんなところへ着きっぱなしだ。
ちゃんと取っておけよ、値段の札くらい。
まったくもってこれじゃあ、いい女が、まるっきりの台無しだ」
ほらよと長身の男が、貞園の襟元から値札を取り外す。
「あらぁ~。細心の注意をはらいながら、冷静をよそっていたのに、
やっぱりだめか。
実はドキドキで舞い上がっているのが、すっかりバレちゃったわね!」
貞園が、大きな声をあげて笑う。
「安心しな、綺麗な姉ちゃん。
万が一になったら、俺たち2人は躊躇せず、店内に飛び込む。
銃撃犯よりも、姉ちゃんの安全を最優先しろと、
おやじからきつく言われている。
怪我ひとつさせるんじゃねぇと、命令されてきた。
俺たちを頼りないと思っているんだろうが、俺たちも
そのつもりでここへ来た。
まかせろ。何があっても姉ちゃんのことは、俺たちが守るから」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 116話~120話 作家名:落合順平