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からっ風と、繭の郷の子守唄 116話~120話

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 (来た・・・ついに標的の、大幹部が現れた・・・)

 助手席のドアが、最大限に開かれる。
(どんな人物があらわれるんだろう・・・)貞園の興味が、ピークに達する。
しかし次の瞬間。貞園が思わず、自分の目を疑う。
温和そのものとしか見えない、人の良さそうな小柄な老人が降りてきた。
白髪頭の爺さんだ。
胸元に大きな花束を抱えたまま、ニコニコしながら歩きはじめる。
ママの顔を間近にした瞬間。老人の顔から目が消える。
いや、目は有る。だがあまりにも細くなったため、皺の中に
目が消えてしまった。

 (まるで飼い主に懐く小犬です・・・
 本当にこれがヤクザの大幹部なのかしら?)

 しかし、背後に現れた屈強な3人の男の姿が、貞園を現実に引き戻す。
鋭い目を持った彼らは、四方八方へ、油断のない視線を配る。
ぐるりと屈強な壁に囲まれた老人が、ママに導かれて店内へ入る。
一番奥へ案内される。上機嫌な顔の老人が、ソファへ腰を下す。
『今日、あなたのために、お手伝いに来てくれた貞園ちゃんです』
ママが真っ赤なチャイナドレスの貞園を手招きする。
その瞬間。貞園の緊張と胸の高鳴りが、最高潮へと達していく。


 「はじめまして貞園です。ようこそいらっしゃいませ」

 挨拶するのが精一杯。男たちがどんな風に席へ着いたかさえ確認できない。
カウンターへ戻った貞園が、男達に気づかれないように何度も、
深呼吸を繰り返す
(ダメ。持病の過呼吸が爆発する寸前です。ドキドキが止まりません・・・)
目眩(めまい)に似た感覚が、貞園を襲う。
つとめて冷静を装いながら、ようやくのことで貞園が老人のテーブルへ戻る。

 (どこかに潜んでいるはずの、襲撃犯さん。
 お願いですから、いま入ってきちゃ駄目。
 ここからでは、電気を落とすためのブレーカが遠すぎる。
 真っ暗闇になると、入口へ歩いていくだけでもたいへんです。
 お願いだから、もう少しだけ待って。
 怪しまれないように、みんなのお酒の準備が終るまで、待ってちょうだい。
 カウンターへ戻れば、電源を切るブレーカまでは、ほんのわずか。
 お願い。飛び込んで来るのは、もう少しだけ待ってちょうだい。
 どこかに潜んでいる、襲撃犯のあなた・・・・)

 はやる気持ちを抑えながら、貞園がグラスの準備をする。
緊張が波のように押し寄せてくる。指先が小刻みに震えているのが
はっきりわかる。
(見破られないように。男達に、決して悟られないように・・・・)
祈るような気持ちのまま、ひとつずつグラスの準備を進めていく。
やがて、全員のグラスが完成する。


 「それでは、君来夜の開店20周年記念と、ママの潔い引退を祝って、
 とりあえず乾杯と行こうか」


 満面笑みの老人が、グラスを静かに持ち上げる。
老人を壁のように守っている3人も、それぞれ乾杯のグラスに手を伸ばす。
そっと立ち上がった貞園が、ママに席を譲る形で、そのまま静かに
後ずさりしていく。
(間に合うかしら・・・もうすこし待って。飛び込んでこないで、
お願いだから・・・・)
祈るような気持ちの中、そろりそろりとカウンターへ忍び寄る。