レイという女
寂しそうな彼女の顔を見て何も言えなかった。
(二)三年後
三年後、転勤から戻った。
懐かしさから、夜の歓楽街を歩いていたら、偶然にも、出勤途中のナナに会った。強引に店に連れていかれた。
レイの姿はどこにもなかった。
「レイはどうした?」と聞くと、「随分と前にやめた。もう一年は経つかしら。『お父さんの介護のために、夜の世界から足を洗う』と言っていた。気になる?」とナナはいたずらっぽい目を向ける。
「いや、別に」と興味なさそうに答える。
「実を言うとね。あなたが来たら、『このメモを渡してくれ』とレイから頼まれたの。ずっと取っておいたの」
メモに住所と電話番号が書かれていた。訪ねてほしいということだろうか。そこは海沿いの所である。前にレイが、「台所の窓から、冬の荒れた日本海が見える」と言っていたことを思い出した。
「訪ねてやってよ。行けないから電話でも良いよ」
「分かった」と答えた。
「お願いだから」とナナは頭を下げた。
店を出た後、メモはちぎって捨てた。残念ながら、訪ねる気も電話をかける気も湧かなかった。自分の中では、もう過去の女の中の一人でしかなかったから。