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レイという女

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『レイという女』

(一) 出会いと別れ
秋の終わり、帰る間際になって、突然の打ち合わせが入った。七時を回っている。レイとの待ち合わせは七時半、バスではとても間に合わないためタクシーを拾った。

レイと知り合ったのは、ちょうど二年前の秋の終わり頃、その日は夜になって雨が降り出した。仕事を終え、時計を見たら、もう八時を回っていた。真っすぐに家に帰る気がしなくて、タクシーで歓楽街に行った。どこで飲もうかと迷った。あれこれと探し、おしゃれなドアのバーがあった。入ったことのないバーである。ドアを開けと、客が入っていない。カウンターでホステスが一人座っている。すぐにこっちを見て微笑む。客だと分かると、嬉しそうな顔で出迎えた。
店の中央に席に案内された。
彼女がじっと見る。
「遠い昔、どこかで会ったかな?」と冗談を言うと、「そうなら嬉しいけど、きっと、今日が初めてです。私、レイと言うの」と彼女は微笑んだ。
「さっき、じっと見ていたけど、誰かに似ていた?」と聞くと、「ごめんなさい、ただ、遠い昔に好きになった男によく似ていたから」
 適当に話し込んでいると、遅れて店に入ってきた別のホステスも隣に座った。
「私はナナ。ねえ、二人に一杯ずつおごってよ」
「それは構わない」と言うと、ボーイを呼ぶ。
 酒がだいぶ進んだ頃、「こんな日は、客は来ないの」とナナが呟くように言った。
「どうして?」と尋ねると、「決まっているじゃないの。外は土砂降りよ。みんな急いで家に帰るに決まっているわ」とナナが呆れたように言う。
「土砂降りか……来るときは小雨だった」
「土砂降り、それも冷たい雨」
「ねえ、私とレイはどっちが好み?」とナナがいたずらっぽい目で尋ねる。
 さり気なく二人を見比べた。レイは服装も化粧も淑やかな感じがする。それに比べナナは化粧も服装も派手。印象だけでいうなら、ナナが遊び慣れている。そんなふうに思えるが、女は化かす。簡単には分からない。
「それは難しい質問だな、分からないよ」
「男はみんな見かけだけで判断する。私はレイに比べて遊んでいるように見えるけど、本当はレイの方が遊んでいる。私は男なしで生きていけるけど、レイには無理ね」とナナは笑う。
 レイは反論せず微笑んだ。他に客が入ってきて、応対するためにナナが去ると、レイはそっと囁く。
「ナナさんが言った話は嘘よ。お互いにまだ何も知らないもの。でも、私の勘では、私なんかよりもナナのずっと遊んでいると思う。女は見かけによらないから」とレイは謎めいた笑みを浮かべた。
「それはどうかな」と言うと、「何なら、どう確かめてみる」と色っぽい目で挑発した。
 ベッドの中で、遠い昔のことを語ったことがある。
 彼女の話によれば、レイの両親は中学生のときに離婚した。レイは父親に引き取られた。その後、母親は十五歳年下の男と結婚した。そのとき、精神的にかなりのショックを受けたという。
「しょうがなかったのよ。二人の家はM町にお店を出していて、何かと付き合いがあった。そして、二人の親が勝手に結婚を決めたの。二人とも素直に従った。でも、お父さんはもともと家族を持てる人ではなかった。でも結婚生活を続け、私が生まれた。愛がなくとも子は生まれるのよ。」と笑った。
「高校出て、すぐに建設会社に勤めた。そこは戦争前の男尊女卑の世界。我慢して十五年勤めた。建設会社を辞めた後、すぐに放送会社のB社に入り、受付嬢になった。いろんな男たちに声をかけられるようになって、おしゃれに目覚め、化粧や服装に凝ったの。おかげで、三年間で貯金を取り崩したばかりか、借金まで背負うはめになった」と笑った。
「それでこの店に入って、毎月十五万返して、今年の一月に返済した」
「B社は楽しかったか?」と聞くと、
「楽しかったけれど、社員の私生活は乱れていた。ああいうのは嫌いよ。仕事の延長線で不倫をしていたりした。最低よ」

待ち合わせ場所は歓楽街の入り口のアーケード前。四十五分くらいで着いた。約束の時間を十五分過ぎている。
 入口に立っているレイに、「待ったかい?」と聞くと、「私も今着たところよ」とほほ笑む。
 明らかに嘘だ。きっと、彼女は五分前くらいから待っていたはず。それを言わないのは、相手を慮ってのこと。そう分かっていながら、何も言えない。
近くの居酒屋に入る。
酔いがまわり、「今日は特にきれいだね。特に口紅が魅力的だ」
「分かる? 最近変えたの。秋に相応しい、燃えるような赤に変えたの」とほほ笑む。
「でも、君の顔はいつ見ても不思議だ」
「嫌い?」とレイがほほ笑む。
「嫌いとか好きとかいうのを超越しているよ」と笑った。
「私はこの顔のせいで、良いことが少なかった。遊んでいるとか。そんなふうにしか見られなかった。それでいつも男に裏切られた」
確かにレイの顔は日本人離れの顔である。西洋人のようなバタ臭い顔立ちだ。それに目はどこかに火のような激しいものを宿しているような感じがする。
「ずっと前から、夜の店で働いているように見られるし、本当はまだ一年なのに」
レイはつい最近、京都に女三人で旅をしたことを話してくれた。
「確かに京都は春か秋に行くのかいい」
「ガイドもそういっていた」と笑った。
「あのシュール、評判が良かった」
茶色のシュールだ。昨年のクリスマスだか、誕生日だかにプレゼントしたものである。もっとも、レイが選び、自分が金を払ってやっただけだが。まあ、選んだ自分の目を自画自賛しているだけだろう。
「話があるんだ」とレイに神妙な顔を向ける。
「どんな話?」
「言いにくいことだけど」
「言いにくいことなら、言わないでよ」
「でも、言わないといけない」
「じゃ、早く言ってよ」
「今度、転勤することになった」
「いつ?」
「一週間後だ」
「そんなに早く」とレイは絶句した。
「急に決まった」
嘘だった。ずっと、転勤はずっと前に決まっていたが、なかなか言い出せなかった。だが、今日、言わなければ、もう言う機会がない。
「お店に一緒に行く?」
 首を振った。
「ここで別れよう」と言うと、「これ、受け取ってよ」と大きな紙袋から小さな紙袋を出した。そういえば、一週間後、自分の誕生日だった。
「何?」と聞くと、
「もうじき、誕生日でしょ。だから誕生日プレゼントのセーターよ」とほほ笑んだ。
 受け取ろうか、それともよそうか迷った。昔、恋人にバレンタインディでチョコレートを渡そうとしたら、別れ話を切り出されて、渡すことができなかった話をレイから聞いたことを思い出し、受け取ることにした。
かっこ
素直にありがとうと言って受け取った。
すると、レイは時計を見て、
「もう時間だから、行くわ。また来てよ。『さよなら』とは言わないから」と言って席を立った。
 転勤話に飛びついたのは、レイと別れたかったから。なぜ、別れたくなったというと、彼女の父親が脳梗塞で倒れたという話を聞いたから。ちょうど、レイに結婚を申し込もうとしていたときである。レイ一人なら、面倒をみることができるが、彼女の父親まで面倒をみる生活力はない。そう考えたとき、急に愛が冷めてしまったのである。
 レイがコートを着て、「またね」と手を振って消えた。
作品名:レイという女 作家名:楡井英夫