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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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それから(それからの続きの・・・の続き)

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    それから(19)  嘘 でした



ある日、俺は、オヤジさんに呼ばれた。
彼の前で、ペコリと頭を下げる。
「ちょっと、車の運転をしてくれんか。」
彼は、それだけ言うと、立ち上がる。俺は、黙って彼の後に続く・・
彼は、助手席に座ると言う。
「K建設・・」
「はい。」
と、俺は、車のキーを捻る。

「お前も付いて来いや・・」
K建設の駐車場に車を停めると、そう彼が、言った。
いきおい俺は、書類の入った大きめの封筒を持ち、彼の後に続く仕儀となる。

其処で、土木部長と、数十年来の友人の如く、軽口を敲きながら話すオヤジさんの隣で、終始無言の俺。
「じゃあ・・」
と立ち上がり、彼は、廊下を歩きながら、
「次は、△組・・」
と、言葉少なに行く先を告げる。
△組は、俺達の会社の下請けさんでは、いちばん大きい会社だ。
「社長、居(お)ってか(いらっしゃる)?」
と、事務所に入るなり、其処に居合わせた従業員に言う。
「あっ、○○の社長、何時もどうも・・ ちょっと出とりますが(外出していますが)、すぐに呼びます。」

10分ほど待って、
「おう・・」
と、帰って来た△組の社長に、片手をちょいと挙げる仕草と共に、挨拶するオヤジさん。
「ああ、何時も・・ 来るんなら、来るいうて連絡くらいしてくださいよ。」
「・・ちょっと寄っただけじゃけん。」

△組の応接室に座ると、
「今度から、この男が、わしの鞄持ちをするけん、よろしゅう頼むわ・・。わしも、車の運転が、億劫になったわ・・」
「(えっ? 聞いてませんけど・・)・・」
と、俺、思う。
「ああ、久しぶりじゃね、さんばんくん・・。彼なら、社長(オヤジさん)の代わりが充分できますわ、色々話も聞いとりますし・・ 社長の若い頃にそっくりじゃ。」
「そんぎゃな事は、ええとして・・」
と、特に話さずとも、上手く行っている仕事の話。そして、
20分ほどで、
「邪魔をしたのう・・」
と、△組を出る。そして、
「次は、・・・」
と、俺に行き先を告げる。

その日から、俺は、時々現場の仕事を離れて、社長と行動を共にする様になった。
曰く、『現場の仕事だけでのうて(なくて)、外回りや経理も勉強せいや(しなさい)。』
という事らしい。
だからといって、現場から逃げれる訳ではないから、俺は、ちょいと忙しい生活を送らざるを得なくなった。
昼間は、現場。そして、帰社後、オヤジさんと得意先の接待とか、大手の不動産屋さんに会うとか・・。

そんな生活が始まって、そろそろ半年、オヤジさんが居なくても、何とかみなさんと話が出来るかなと思える様になった。
まあ、それまでには、色々勉強させられる場面もあったけれど・・。
『この若造と話しても・・』と、露骨な表情を見せられたりもした。だけど、仕事上の話となると、そんな事、俺には関係ない。返って言いたい事をズバズバ言えるから、話が早い くらいに思って、与えられた仕事を熟すだけ。
それよりも、困ったのは、金の勘定だ。やれ○○費だとか△×費だとか、なんだかんだとややっこしい限り・・
だから、日々は、決して目の回る様な忙しさだという程ではないが、目が回るかの様な忙しさに、自らを追い込んで勉強しなければ、人と対等の話が出来ない。


そういったある日、賢治が、午後いちばんに電話して来た。声が、普通じゃない。
「・・もう連絡が、ありましたか?」
「何の事だ?」
「ABの社長、昨日の夜、倒れたそうですよ・・、脳梗塞・・・」
「ほんとか?」
「はい。わしが引っ張って来て、あそこで働いとる〇〇からの話じゃけん・・」
「そうか・・、で・・?」
「・・まだ、この会社では、誰にも言うとりません。」
「分かった。後は、俺が何とかする・・。容子さんは・・?」
「かなり慌てとるそうです・・、後の事もあるし、まあ、当たり前かと・・・」
「仕事上での問題は?」
「それは、ない筈です。」
「今、(現場は)☆さん邸の型枠と、その裏の壁(へき)の補強だったな?」
「はい、そう言うとりましたが、壁に問題が有って、なんか大きな工事に成りそうな雰囲気らしいです。じゃけど、あそこの社長さんは、元々、現場へは、あまり顔を出さんかったけん、工期が遅れるとかの心配は、ない筈です。」

AB建設は、俺を雇ってくれた当時に比べ、経営状態は、かなり楽になっていた。
若い頃から会社を引き継ぎ、苦労の連続だった社長。彼は、経営が安定して来た今でも、
『さんばんくんが、彼の運を全部置いて行ってくれたお陰じゃ。』と、時々、○○のオヤジさんに話していたそうだ。
人より前に出る事を好まず、『みんなが、何とか暮らして行けさえすりゃええんよ。』が、口癖の善人。やっと落ち着いて来た会社に安堵し、ふっと気が抜けた時に、それまで無理を続けた身体が爆発したのか・・

「お前、すまないが、帰りにちょいと病院に寄って、状態を知らせてくれないか。」
俺は、賢治にそう頼むと、オヤジさんの部屋に行った。
そして、開口一番、
「何かと可愛がって頂きましたが、此処を辞めなきゃならないかも知れません・・」
と告げた。
オヤジさんは、急な言葉に、ちょいと驚いた様だった。
「どういう事じゃ?」
と訊くオヤジさんに、俺は、話す。

丁度その頃、高校卒業以来再会した多恵と俺は、急速に間を縮め、はっきりと口にこそしていなかったが、お互い一緒になるのならこの人と・・と思っていた。
まだ、はっきりと意志を確認し合ってはいなかったが、お互い口にしなくとも、将来の話をする時に、俺は彼女と、そして彼女は俺と一緒に・・という想定で、お互い話し、聞いていた。
彼女が、俺との交際を両親に伝えてからというもの、
「母は、理解を示そうとしてくれているんだけどね・・、父がね・・」
反対の気持ちを露わにしているのだと、時々話す頃だった。彼女は、
「でも、わたし、離婚してからずっと両親と離れて暮らして来たから・・」
これからも、ずっと一人で、両親や親戚などとの付き合いを絶っても構わない などと、かなり強気な言葉を吐いていた。
だけど、俺は、彼女がそんな事を話す度に、
(やはり、俺は、結婚などというものを望んではダメなのかも知れない、こんなにも素晴らしい、素直な彼女にさえも、肉親との縁を切るなどと言わせるんだものな・・)
と、正直、何処かに消えて無くなりたいという思いさえ抱く時もあった。
つまり、将来に夢を描いて有頂天になったり、思う様に運ばない現実に打ちひしがれたりの状態だった。多恵と付き合えば付き合う程、小さな頃から心に在る暗い穴が、大きく深くなる一方だとも感じた。
だから、多恵に結婚を申し込もうという気は、他の誰よりも持っているのだが、言い出す時は永遠に来ないのではないかと・・

そんな処に、追い打ちを掛ける様に、AB建設の問題が・・
社長のもの静かな顔が浮かぶ・・。
容子さんの涙を流す顔が浮かぶ・・・