それから(それからの続きの・・・の続き)
それから(18) 出遭い、そしてー3
>大勢の人から離れ、
ポツンと立ち尽くしている俺を、よっちゃんのオヤジさんが見付けて近付いて来る。
「お前のばあちゃんが、煙になって天国へ上がっているんだ・・。これが最後だぞ・・しっかりと見ておくんだ・・」
と、よっちゃんのオヤジさんは、大きな腕で俺をギュッと抱きしめて言った。
>何が哀しいというのではないが、
昔、
俺は、時々、
オジキの家の横に在る納屋の裏で、一人こっそりと泣いた。
特に、
西の空で、夕陽に照らされた濃い鼠色の、流れる様な細い雲を見ると、
心の中で、『ばあちゃーん!』と叫びながら・・
そして、これでもかというほど、涙をしっかりと拭いて、
また家の中に入る、『またメソメソしてたのか!』 と叱られない為に・・
と、此処までは、以前俺が書いた日記の一節。
つまり、そんな風に、婆ちゃんが居なくなってからの俺には、家族なんて居なかった。
只々、何処かの家の隅っこで、多少縁の有る家族を観ながら育っただけ。家族ってのは、俺にとっては他人のもので俺なんかのものじゃなかった。
多恵に嵌められて(って言い方してるけど・・)、つい口から出た本音。そう、本音だ。俺は、いつの間にか 多恵を、とても大切な人だと思う様になっていたんだ。
彼女も俺を大切だと思ってくれているのはよく分かる。
二人は、同じ思いなんだけど、俺は、どうして彼女の様に素直に自分の気持ちが言えないんだ・・。
それは、俺自身、心を許し合える家族の一人としての経験を持つことなく、此処まで生きて来たからか・・。
だから、一人で生き続けるんじゃなくて、互いにパートナーとして認め合い、一つ屋根の下で暮らし、やがて一人、また一人と、その人数が増えるという想像は出来るが、実際の経験は全くない。
家族を造る経験が無いのは当たり前だが、その造る過程の一人としての経験も無い。
だから、家族とは、永遠の憧れにしか過ぎないものだと思っていた。現実のものとして考える事を、心の何処かで抑えていた。
だから、あんな事を言った俺は、多恵を送った帰り道、急に臆病になった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、その日から、彼女は毎晩電話をしてくる。
そして、あれやこれや、聞いた端から忘れて行く様な何でもない話を延々と・・。そして、最後は、
「あっ、もうこんな時間・・。それでは名残りは尽きないけど、また明日という事にして・・」
って・・。
だから、分かってはいるのだけれど、
(あいつ、勝手に話すだけ話して、勝手に電話を切って、スヤスヤ眠るのかよ。。) と。
だから、俺の眠そうな目は、職場のみんなの目にとまり、
「さんばんくん、昨日も彼女が放さんかったんか?」
とか、好奇心見え見えの顔と言葉で冷やかされるし・・。
そんな日を過ごすうち、何でもない時に、以前出逢った或る神父の言葉が浮かんで来た。
『これが私ですよと、全て曝け出す事が出来れば、人間とても楽なのだけどねぇ・・』
そうだ。
俺は、彼女の前では、何も隠すものが無い様にしなければ・・。なにもカッコつける事など無いんだ。
俺は、彼女の全てが好きな訳じゃない。変わって欲しい処も幾つか有る。それは、彼女にしても同様だと思う。
彼女が、俺の前で、全てを、彼女の全てを見せてくれているから、変わって欲しいと思う部分が分かるんだ。
分かったからといって、それらの好きじゃない部分も全てひっくるめて、彼女を大切な人だと思っている。
きっと、彼女は、色んな言葉を使って、俺に、
「もっと素直になろうよ。人間、そんなに強くはないのだから・・」
って言い続けてくれているのかも・・
俺は、彼女に電話して、まだ纏まらない俺の頭の中を、出来るだけ詳しく伝えた。
随分長い俺の話を聞いた後、
「色々考えてるのねぇ・・、わたし、上手く言えないんだけどね、今のわたし、今日、さんちゃんの方から電話してくれた事の方が、心の中を正直に話してくれた事よりも嬉しいんだ。・・あなたは、わたしに『よく毎晩電話して話す事が絶えないなぁ』とか言うけどね・・、わたしは・・毎晩、あなたからの電話を待って・・、かかって来ないから・・わたし、何度も携帯を手にして・・もう少し待とうって、携帯を置いて・・」
その何度目か手にした携帯で、俺に電話するのだと・・
そして、
「他人にとって何でもない事が、自分にはとても大きなものなんだって事、誰にでも有るよ。それを一人で持つより、これからは半分づつ持とうよ。」
と言ってくれた。
作品名:それから(それからの続きの・・・の続き) 作家名:荏田みつぎ