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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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それから(それからの続きの・・・の続き)

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どうしてだか分からないけれど、それを聞いた彼女は、涙をどっと溢れさせた。そして、
「さんちゃん、あなた、良い人だね・・」
と言った。俺は、少々照れてしまって、つい言った。
「何が良いもんか・・。良い人が、見ず知らずの女性の胸にいきなり触るのか?」
「えっ!、あなた、本当は・・・?」
「バカ!、ジョークの分からない奴だなぁ。」
「フフ・・、あなたこそジョークの分からない人・・。ところで、Sさんの事、覚えてる?」
「ああ、あの秀才か? 確かO女子大に合格したんだよな?」
「うん・・。そのSさんね、さんちゃんを見る時、特別の目で見てた・・。気付いてた?」
「ああ、何だかやけに敬遠されてた印象はある。」
「バカねぇ、そんなんだから未だに一人で居るのよ。あの人、絶対あなたに気があった。」
「おっ、言い切ったな? 有り難いお言葉だけど、まず、そんな事ないさ。」

そんなこんなで、河岸をかえて昔の思い出話になりそうだ。



それぞれの 世界


食事を終えた俺達は、俺が時々行く居酒屋に・・

「こんな処しか知らないけど、まあ話は出来るだろう。」
「うん、何処でも好いよ・・。それに、さんちゃん、作業服の上にジャケットだけじゃ、まさか洒落たお店って訳には行かないわよ。」
店に入った途端、
「おお、さんばんくん、お前が女性連れとは珍しいのう・・紹介しろ。」
と・・。見れば、会社の同僚が数人で飲んでいた。俺は、簡単に彼女を紹介して、彼等から離れて席を取った。
「ガラ悪そうだけど、良い奴等なんだ・・」
と、ちょいと同僚を持ち上げる発言を・・。多恵は、
「あなたの学生時代の事を思えば、あの程度のガラの悪さなんて可愛いものよ。」
とケラケラ笑った。そして、
「ねえ、B高校に○○ってのが居たのを覚えてる?」
と訊いた。
当時、同じ街に在ったB高校の奴等とは、浅からぬ付き合いをしたものだ。其処に居たB・・?と考えるうちに、彼の姿が浮かんで来た。
「ああ、覚えてる・・。で、一体あんたが、何故あいつの事を知ってるんだ?」
「彼ね、私の父の従兄の子なの・・」
「・・あ、そう・・。世の中、意外に狭いな・・」
「そう・・、狭いのよ。あのね、何時だったか父が法事で従兄と出会った時、さんちゃんの話が出たんだって・・」

B校の○○は、ちょいと有名なやんちゃ者だった。話は、少し前に遡る。
俺は、或る時、B校の四人に取り囲まれた。大体にして、1対4なんて、テレビ・映画の中じゃあるまいし勝てる確率は非常に少ないのだが、行きがかり上、逃げる訳にも行かず、結局、俺は、彼等にボコボコにされた。
所詮行けない事は分かっていた大学だが、俺は、受験だけしてみようと猛勉強していた頃だった。受験費用、交通費、そして、ある目的に使う貯金をする為にバイトまでしていた俺は、結構忙しかった。しかし、面白くない。俺は、四人を一人ずつ順番に・・。1対1ならどうって事はない。二人まで片付けた時、出て来たのがBだった。
(今ならどうってことない子供の喧嘩だけど、当時は、いっぱしのワルを気取って居たんだな、みんな・・)
「いろいろ遣ってくれてるらしいな。喧嘩は俺達に任せて、進学校の奴なら、勉強だけしてりゃ良いんだよ。」
とか言う初対面のB。俺は、彼と向き合って黙っていた。その俺を見て、
「またボコボコにされなきゃ分からないのか・・」
とか、そんな事を言いながら、俺に向かって来て・・、結局、彼がボコボコにされちまった。
多恵の父親の従兄は、その事を法事の席で話したらしい。
彼女の父親は、帰宅後、彼女に俺の事を聞き、
「いくら学生の喧嘩とは云え、Bの怪我の様子を聞けば見過ごしに出来ない。学校に届けるつもりだ。」
と、彼女に言ったそうだ。
それを聞いた彼女は、俺の為に必死で、最後は泣きながら学校にだけは届けない様に訴えた。
その姿を見た父親は、
「お前がそこまで庇う子なら・・」
と、そのまま口を噤んだ。

ちょいとアルコールが回って来た彼女が話した意外な事実だった。
「俺は、あんたのお陰で、高卒って履歴書に書けるんだな。遅れ馳せながら、ありがとう・・」
「良いって事よ、おにいさん。」
「何だよ、その口の効き方は・・」
「ちょっと時代がかってた・・?」
「ああ、・・ちょっとだけ。」
「あのね、父と言い合って、その後の話が有るのよ・・」
「・・?」
「一応、気が静まってからね、『お前が、あんなに必死で、泣きながら・・なんて、今までに見たことがない。黙っておくと言ったからには、何も言わないが、お前、あんなワルと付き合うんじゃないぞ。』ってね・・。私、暫く父の言った意味が分からなかった。でも、少し後で、分かった・・。それを見て、また父がね、『どうした? お前、柄にもなく顔が赤くなってるぞ。』って、母と顔を見合わせて、『青春だな・・』なんて笑うのよ・・」
「・・・俺、自分の知らない処で、随分モテてたんだな。秀才のS、・・それにあんたまで・・」
「なによ、偉そうに・・、全然気付かなかったくせに・・」
「まあ、所詮、若い時の話だ。若い頃ってのは、自分とは別の生き方をしてる者に興味が湧くものだから。」

俺は、そろそろ、この居酒屋を出なければ・・と感じた。
俺も人の子だもの。こんな話が続けば、あとはどうなるか分からない。
「さあ、送って行くよ。」
「ええ、もう・・?」
「ああ、食べたし、飲んだし・・、懐かしい人に出逢って思い出話も出来たし・・」
「・・そうね。・・じゃあ、送りたまえ、さんばんくん。」
「はいはい・・」

生まれ故郷から離れての一人住まい。何かと気疲れも有る。
そんな二人、郷愁めいたものに加えて、それぞれ心に仕舞っている誰にでもは話せない哀しさ。

期せずして出逢った男と女が、それを芽生え始めた何かだと錯覚する前に・・