それから(それからの続きの・・・の続き)
それから(16) 出遭い、そして-1
以下は、何度か日記に挿入したものだけど、この日が無かったなら、今の俺は居なかった と言っても過言ではない。
それから に、これは、欠くべからざる、俺に取って、最も重要な日であり、出来事である。
触った でしょ!
昨日と今日は休み。
この二日の内に定期健康診断に行く様に会社から言われていたので、昨日行った。
想像していたより大勢の人が居た。
簡単な問診票の問いに答え、静かに順番を待つ。
身長・体重・視力に続き血圧を測る時、担当の女史の指示通り、腕を台に置いた。彼女、血圧計のバンドを俺の腕に付け乍ら、
「大きな腕ですね・・」 (と言わなくてもいい感想を彼女が言う)
「あ、そう・・?」
と俺。そして、少し間を置いて、
「・・・あっ!」
と、彼女が小さく声を上げた。俺は、何の事だか分からない。
「・・・?」
「止して下さい!」
と小さいが厳しい声で・・
「・・・?」
「今、触ったでしょ!」
と、彼女の胸の辺りに視線を遣った。
「・・こんな処でわざわざ触る様な顔に見えるの? ・・第一俺の手には、あんたに触れた感覚など残っていない。」
幾ら小声でも、静かな部屋に居る皆が俺達に注目している。それを察した彼女、それ以上は何も言わなかったが、俺は、検診が終わるまで面白くなかった。他の担当者まで異様な目で俺を見るんだものなぁ。。
最後の医師による検診を終えると、一応礼を述べて、一刻も早くこのくそ面白くない処から出ようと玄関の辺りまで来た時、誰かが俺を呼び止めた。振り向くと、此処の職員らしき女性が居た。
さっきの事をわざわざ叱責するのか・・と思いきや、
「あのぅ・・ さんばんくん? ・・ああ、やっぱり・・さんちゃん・・」
と。
咄嗟の事だし、俺は、彼女が誰だか分からなかった。
「・・わたし、多恵・・。高校の時、同じクラスだった・・」
「・・ああ、な~んだ。・・俺はまた、さっきちょいと誤解された事で何か苦情を言われるのかと・・」
彼女、笑いながら、
「うんうん、その話を聞いて、白昼堂々と・・なんて、どんな人だろうと覗いて見たの。そうしたら、さんちゃんじゃないの。もう驚いて・・」
「だから、俺は、そんな事していないぞ。・・だけど、よく俺だと分かったな。」
「高校の時とあまり変わっていないもの・・、すぐに分かったわ。それに、もう一つ分かってるよ、あなたなら、そんな変な事していないって・・。卒業後、余程性格が変わらない限り、あなたは、そんな事する人じゃない。」
「ありがとうよ。まあ、一人でも理解者が居れば、また次に来易いよ。」
「後で彼女には、上手く話しておくわ。・・ところで、時間が有ればお茶でもどう?」
という事で、彼女が仕事を終えるまで、楽器屋で時間を潰した。
六時過ぎ、彼女が、
「ごめんね、随分待たせちゃって・・」
と言いながら、楽器に見入っている俺に近付いて来た。
「相変わらず、楽器が友達なの?」
「ああ、楽器は、嘘をつかないから・・」
「さっきの彼女への皮肉?」
「いや、あんな事、もう忘れた。」
そんな話をしながら、お茶の予定を、食事の後、お茶という予定に変更して、俺達は、彼女が時々行く店に入った。
店の中で、
「どうしてこんな処に居るんだい?」
と、俺は、生まれ故郷から随分離れた処で出逢った彼女に尋ねた。
「それは、さんちゃんも同じじゃないの。私、さっきあなたを見た時、すぐには信じられなかったもの。」
「俺は、生まれた処に良い思い出など無いから・・」
「・・そうね、高校の時、あなたの家庭の事情を聞いて、もし私だったらとても耐えられないと思ったわ・・。」
「・・俺の事より、あんた、どうして・・?」
この街に居るんだと聞くと、彼女、弱々しく笑いながら話し始めた。
憎まれる ことも 生きる糧
再会の切っ掛けなんて、何処に転がっているか分からないものだ。
健康診断の時、ちょいとした誤解を受けた俺は、多恵という女性と高校卒業以来初めて出逢った。そして、二連休の初日という事も手伝って、彼女に誘われるままに夕食を・・。
二人は、元々この地方の生まれではない。
「不思議だな、こんな処で遭うなんて・・。どうして、この街に居るんだい?」
と訊く俺に、彼女は、卒業後の事を話し始めた。
彼女は、某国立大学を卒業後、公務員として社会人の一歩を踏み出した。そして、二年後、仕事環境にも慣れた彼女は、学生時代を通して続けていたテニスを再び始め、そこで一人の男性と知り合った。
薬品会社に勤務する彼と、彼女は、互いに魅かれ合い、交際1年半程で結婚した。二人は、順風満帆な生活を送っていたが、やがて彼に転勤の話が・・。しかも、その転勤先は、かなりの遠隔地。
丁度出産を数か月後に控えていた彼女と彼は、単身赴任か、彼女が安定した仕事を辞めて二人で新しい勤務先に赴くか悩んだ。しかし、その転勤は、彼にとって栄転であり、出世意欲旺盛な彼の事を考え、彼女は、仕事を辞める事を選択した。
「その転勤先がね、この隣の県だったの・・。」
「ああ、そういう事なんだ・・」
「うん・・」
静かに話す彼女が、今、一人暮らしである事は、察しが付いていたが、俺は、その事には、敢えて触れなかった。別に話したくなければそれで良い。
「それで、さんちゃんは・・、今、どうしてるの?」
「・・まあ、元気にしてる・・」
「そうよね、高校の時も身体だけは元気そうだったものね。」
「それが、今も唯一の取り得・・」
「ほんと、美味しそうに食べるわね。・・・結婚、してるの?」
「いや、未だだ。」
「未だって事は、意欲は有るんだ・・」
「・・無いって言えば、嘘になる。でも、俺みたいなのは、一人の方が良いのかもな・・」
「そう・・? 私・・、もう気付いてると思うけど・・、別れちゃったの。」
「ああ、そう・・?」
「うん、子供も居ない・・っていうか、旦那の御両親が育ててる・・。」
「そうなんだ・・」
「うん・・。彼、一人っ子で、彼の御両親が、どうしても子供を渡してくれなかったの。」
理由は分からないが、別れるまでには色々有って、子供の事も、彼女なりに考えて、敢えて自分から身を引いたのだろうな・・と考えながら話を聞いた。
「子供の事を話すとね、『どうしてそんな事をしたの? 子供は、母親と過ごすのが一番なのに』って皆が口を揃えて言うの。」
「・・まあ、色々有るからな・・、あんた、自分で考えて決めたんだろ?」
「うん、・・その時はね・・・。でも、今、時々考えるの、随分薄情な母親だと、子供が思っているだろうなって・・」
「そうかもな・・」
「さんちゃんも、そう思う?」
「・・俺は、母親の顔を知らないで育ったから・・、父親だって、まともな奴じゃなかったし・・。でも、その知らない母や極道でどうしようもない親父でも、俺の生きる糧にはなってくれたかなと、この頃時々考えるんだ。・・あの野郎!とか思って、歯を喰いしばって、今に見てろってがむしゃらに生きたり、顔を知らないだけに、俺の都合の良い母親を想像したり・・。だから、俺のお袋、今でもあんたより若いし、とても美人なんだ・・・」
以下は、何度か日記に挿入したものだけど、この日が無かったなら、今の俺は居なかった と言っても過言ではない。
それから に、これは、欠くべからざる、俺に取って、最も重要な日であり、出来事である。
触った でしょ!
昨日と今日は休み。
この二日の内に定期健康診断に行く様に会社から言われていたので、昨日行った。
想像していたより大勢の人が居た。
簡単な問診票の問いに答え、静かに順番を待つ。
身長・体重・視力に続き血圧を測る時、担当の女史の指示通り、腕を台に置いた。彼女、血圧計のバンドを俺の腕に付け乍ら、
「大きな腕ですね・・」 (と言わなくてもいい感想を彼女が言う)
「あ、そう・・?」
と俺。そして、少し間を置いて、
「・・・あっ!」
と、彼女が小さく声を上げた。俺は、何の事だか分からない。
「・・・?」
「止して下さい!」
と小さいが厳しい声で・・
「・・・?」
「今、触ったでしょ!」
と、彼女の胸の辺りに視線を遣った。
「・・こんな処でわざわざ触る様な顔に見えるの? ・・第一俺の手には、あんたに触れた感覚など残っていない。」
幾ら小声でも、静かな部屋に居る皆が俺達に注目している。それを察した彼女、それ以上は何も言わなかったが、俺は、検診が終わるまで面白くなかった。他の担当者まで異様な目で俺を見るんだものなぁ。。
最後の医師による検診を終えると、一応礼を述べて、一刻も早くこのくそ面白くない処から出ようと玄関の辺りまで来た時、誰かが俺を呼び止めた。振り向くと、此処の職員らしき女性が居た。
さっきの事をわざわざ叱責するのか・・と思いきや、
「あのぅ・・ さんばんくん? ・・ああ、やっぱり・・さんちゃん・・」
と。
咄嗟の事だし、俺は、彼女が誰だか分からなかった。
「・・わたし、多恵・・。高校の時、同じクラスだった・・」
「・・ああ、な~んだ。・・俺はまた、さっきちょいと誤解された事で何か苦情を言われるのかと・・」
彼女、笑いながら、
「うんうん、その話を聞いて、白昼堂々と・・なんて、どんな人だろうと覗いて見たの。そうしたら、さんちゃんじゃないの。もう驚いて・・」
「だから、俺は、そんな事していないぞ。・・だけど、よく俺だと分かったな。」
「高校の時とあまり変わっていないもの・・、すぐに分かったわ。それに、もう一つ分かってるよ、あなたなら、そんな変な事していないって・・。卒業後、余程性格が変わらない限り、あなたは、そんな事する人じゃない。」
「ありがとうよ。まあ、一人でも理解者が居れば、また次に来易いよ。」
「後で彼女には、上手く話しておくわ。・・ところで、時間が有ればお茶でもどう?」
という事で、彼女が仕事を終えるまで、楽器屋で時間を潰した。
六時過ぎ、彼女が、
「ごめんね、随分待たせちゃって・・」
と言いながら、楽器に見入っている俺に近付いて来た。
「相変わらず、楽器が友達なの?」
「ああ、楽器は、嘘をつかないから・・」
「さっきの彼女への皮肉?」
「いや、あんな事、もう忘れた。」
そんな話をしながら、お茶の予定を、食事の後、お茶という予定に変更して、俺達は、彼女が時々行く店に入った。
店の中で、
「どうしてこんな処に居るんだい?」
と、俺は、生まれ故郷から随分離れた処で出逢った彼女に尋ねた。
「それは、さんちゃんも同じじゃないの。私、さっきあなたを見た時、すぐには信じられなかったもの。」
「俺は、生まれた処に良い思い出など無いから・・」
「・・そうね、高校の時、あなたの家庭の事情を聞いて、もし私だったらとても耐えられないと思ったわ・・。」
「・・俺の事より、あんた、どうして・・?」
この街に居るんだと聞くと、彼女、弱々しく笑いながら話し始めた。
憎まれる ことも 生きる糧
再会の切っ掛けなんて、何処に転がっているか分からないものだ。
健康診断の時、ちょいとした誤解を受けた俺は、多恵という女性と高校卒業以来初めて出逢った。そして、二連休の初日という事も手伝って、彼女に誘われるままに夕食を・・。
二人は、元々この地方の生まれではない。
「不思議だな、こんな処で遭うなんて・・。どうして、この街に居るんだい?」
と訊く俺に、彼女は、卒業後の事を話し始めた。
彼女は、某国立大学を卒業後、公務員として社会人の一歩を踏み出した。そして、二年後、仕事環境にも慣れた彼女は、学生時代を通して続けていたテニスを再び始め、そこで一人の男性と知り合った。
薬品会社に勤務する彼と、彼女は、互いに魅かれ合い、交際1年半程で結婚した。二人は、順風満帆な生活を送っていたが、やがて彼に転勤の話が・・。しかも、その転勤先は、かなりの遠隔地。
丁度出産を数か月後に控えていた彼女と彼は、単身赴任か、彼女が安定した仕事を辞めて二人で新しい勤務先に赴くか悩んだ。しかし、その転勤は、彼にとって栄転であり、出世意欲旺盛な彼の事を考え、彼女は、仕事を辞める事を選択した。
「その転勤先がね、この隣の県だったの・・。」
「ああ、そういう事なんだ・・」
「うん・・」
静かに話す彼女が、今、一人暮らしである事は、察しが付いていたが、俺は、その事には、敢えて触れなかった。別に話したくなければそれで良い。
「それで、さんちゃんは・・、今、どうしてるの?」
「・・まあ、元気にしてる・・」
「そうよね、高校の時も身体だけは元気そうだったものね。」
「それが、今も唯一の取り得・・」
「ほんと、美味しそうに食べるわね。・・・結婚、してるの?」
「いや、未だだ。」
「未だって事は、意欲は有るんだ・・」
「・・無いって言えば、嘘になる。でも、俺みたいなのは、一人の方が良いのかもな・・」
「そう・・? 私・・、もう気付いてると思うけど・・、別れちゃったの。」
「ああ、そう・・?」
「うん、子供も居ない・・っていうか、旦那の御両親が育ててる・・。」
「そうなんだ・・」
「うん・・。彼、一人っ子で、彼の御両親が、どうしても子供を渡してくれなかったの。」
理由は分からないが、別れるまでには色々有って、子供の事も、彼女なりに考えて、敢えて自分から身を引いたのだろうな・・と考えながら話を聞いた。
「子供の事を話すとね、『どうしてそんな事をしたの? 子供は、母親と過ごすのが一番なのに』って皆が口を揃えて言うの。」
「・・まあ、色々有るからな・・、あんた、自分で考えて決めたんだろ?」
「うん、・・その時はね・・・。でも、今、時々考えるの、随分薄情な母親だと、子供が思っているだろうなって・・」
「そうかもな・・」
「さんちゃんも、そう思う?」
「・・俺は、母親の顔を知らないで育ったから・・、父親だって、まともな奴じゃなかったし・・。でも、その知らない母や極道でどうしようもない親父でも、俺の生きる糧にはなってくれたかなと、この頃時々考えるんだ。・・あの野郎!とか思って、歯を喰いしばって、今に見てろってがむしゃらに生きたり、顔を知らないだけに、俺の都合の良い母親を想像したり・・。だから、俺のお袋、今でもあんたより若いし、とても美人なんだ・・・」
作品名:それから(それからの続きの・・・の続き) 作家名:荏田みつぎ