からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話
康平の手にふわりと、黄金色のミニマフラー降りてくる。
『ぐんま黄金』はその名前の通り、鮮やかな黄金色をしている。
蚕種試験所が独自に育成した「ぐんま」と、中国種との交配によって
作り出された新品種だ。
糸は、きわめて細い。独特の黄金色の光沢に特徴がある。
しなやかな風合いがあり、希少価値の高い逸品と高い評価を受けている。
「半年余りのお付き合いで、ミニマフラーか・・・・
となると交際の一周年記念は、マフラーに昇格するかな?」
「そうどすなぁ。よく考えておきます。
群馬県のオリジナル蚕品種は全部で、7種類。
「世紀二一(せいきにいち)」を筆頭に「ぐんま200」、「新小石丸」、
「ぐんま黄金」、「新青白(しんせいはく)」、「蚕太(はんた)」、
「上州絹星(じょうしゅうけんぼし)」の7種類。
では、1周年記念に、「世紀二一」で、マフラーを作ります。
2周年になったら、「ぐんま200」の糸を使い、別の風合いの
マフラーを作りたいと思います」
「ちょっと待って。なぜ、マフラーばかりなんだ?。
ネクタイとか、ハンカチとか、他にもたくさんあるだろう。
よりによってなんでマフラーばっかりになるんだ?・・・」
「あんたに首ったけだからどす。
そやさかい、マフラー以外は考えられません。
お試し期間中ですので、ミニマフラーで我慢してくださいな」
「お試し期間中?。試されているのかい、いまだに俺は・・・」
「あたしと付き合うことになると、そのうち、あんたのお母はんを
泣かせることになるでしょう。
子供が産めへん女と交際するなどと、簡単に決めないでください。
考える時間はまだ、なんぼでも有ります。
決着したとはいえ、京都からやって来た英太郎はんも居ます。
あんたは初恋の美和子はんを、いまだに心に引きずっております。
おたがい、結論を急ぐ必要は無いでしょう。
すべてをあげてもええのですが、重荷になりたくおまへん。
自重いたしますので、どうぞあんたも、欲望に目をつぶってください。
どうしてもというのなら、キスだけなら受け入れたいと思います。
ごめんなさい・・・・実はだいぶ前から、あたしの方から
キスがしたいと思っていました。
すみまへん。あなたをまた攪乱するようなことを、言うてしまいました」
「時には我慢も必要です。
でも。あなたを見ていると、その自信がありません。
誰もいないこの状況の中で、密かな期待を持っている自分がいます。
あなたの魅力に、メロメロになりかけています。
欲望に蓋をしろというのは残酷な話です。
でもそれもまた、わたしたちには大切なことかもしれません」
「無理をお願いしてしまいました。
愛と性が車の両輪だということは、もう子供ではおまへんので、
良く理解しとるつもりどす。
わたしもすでに、あなたが欲しいと思っています。
でもお互いに、気持ちの整理をつけた後でなければ、悔いを残します。
その時がきたら、あたしの方からあんたへ、喜んでさしあげます。
あなた無しでの日常は、考えられへんトコまで、あたしは来とるのどす。
ごめんなさい。好き勝手なことばかりのいう女で・・・・」
千尋の言葉が途切れた。車内へふたたび、静寂が戻ってくる。
くちびるを噛みしめたまま、千尋が沈黙を守る。
康平もまた、いうべき言葉が見つからない。
5分、10分と時間が経過していく。
またフロントのガラスが、白く曇りはじめてきた。
冷えきってきた山の空気が、フロントガラスの内側へ、細かい水滴を
つけはじめてきた・・・・
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話 作家名:落合順平