からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話
「つい最近。栄太郎さんが群馬に現れました。
俺とふたりで、5反の畑に、3000本の桑の苗を植えました。
たぶん。あなたの役に立ちたいという、一心からだと思います」
「承知しています。
遠くからどすが、何度も見ています。
女はいっぺん終わったことに、未練など持ちません。
忘れてしもたわけではおまへん。けど、英太郎はんは過去の男のひとりどす。
あたしの心の中にいるのは、ひとりだけどす。
あたしはまた、同じ過ちを繰り返しています。
ひどい女だと言われる前に、すべてをあなたにさらけ出します。
卑怯な女になりたくありません。あたしは。
お付き合いしてくれるのであれば、子供は諦めてくださいと、
お願いしなければなりません。
子どもは産めへん女どす。それが千尋という女どす」
「俺も、あなたに真実を言う必要がある。
会うたびに好きになりました。
あなたを心から愛していることは、まぎれもない事実です。
でもその気持ちとは別に、俺にはわだかまりが有る。
わだかまりは、突然現れた英太郎くんだ。
彼は今、ウェブデザイナーと、農業の2足のわらじを履いている。
あなたのために、桑畑を作り上げようとしている。
その熱意がどこから生まれて来るのか、俺にもだいたい見当はつく。
あなたとやり直すため。彼は多くの時間を費やしてきたと思う。
京都を離れ、あなたのためにこの群馬へやってきた。
俺も、彼とあなたのために、桑の苗を育てています」
「ふふふ。それだけでは、ありませんやろ。
2人の男が、2人の女のために、必死に桑を育てはじめている。
京都からやって来た英太郎は、あたしのために桑の苗を育ている。
康平はんは、昔から大好きやった美和子のために、
桑苗を育てておるんどすやろ」
「どうして君は、そのことを知っている?」
「先日のことどす。
入院中の貞ちゃんから、告白されました。
あれほど慕っとる貞ちゃんを、あんたは一切受け入れません。
妹にされてしもたと貞ちゃんが、一晩中泣いておりました。
美和子さんにどうしても勝てないと、涙に暮れていました・・・」
「貞園がばらしたのか・・・俺と美和子の初恋を・・・」
「さて。どうしましょうかわたしたち。
どちらを見ても、難問ばかりが横たわっています。
厄介な女は嫌いだと、放り出されても文句を言いません。
でも、ちびっとでもチャンスがあるのなら、あなたの心の中から
美和子を追いだしたいと考えています。
あなたと交際したいと、真剣に願っています。
かなんわぁ・・・・まいったなぁ。
ついに全部を、告白してしまいました。
あなたが悪いのよ。
こんな素敵な夜景を用意するさかい。
雰囲気に騙されて、ペラペラと全部しゃべってしまいました・・・」
言葉を切った千尋が、康平の目を覗き込む。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話 作家名:落合順平