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からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話

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 「ずいぶん早い時間の電話ですねぇ。
 日が暮れたばかりです。もうお別れのキスは終わったのかしら?
 私ならしつこく、一晩中でも離しません・・・うふふふ。
 ごめん。今、マンションの外まで出てきたところです。
 こちらへ戻って来られるのなら、どこか別の場所で会いましょう。
 妊婦さんはいま、ようやく眠りにつきました。
 天神通りのいつもの2階のカフェでどうですか?」

 「わかった。高速で戻るから、30分でそこへ着く。
 大丈夫なのか、美和子は?」

 「大丈夫じゃないから、マンションでかくまうのよ。
 私たちの愛の巣が使えなくなるから、パパとの愛が疎遠に
 なるかもしれません。
 冗談よ。そちらはなんとか都合つけますから、心配しないで。
 あなたは安全運転で帰ってきて下さいな」


 それだけ言うと、いつものように通話が切れた。
『かくまう』という言葉の響きが、康平に重く響いた。
長期戦になりそうな気配が漂っている。
別離の理由は、亭主のDVだけが原因ではないだろうと、高速を走りながら、
康平が推測しはじめた。
悪い方向へ何かが動きはじめたのかもしれない・・・
そんな不安もかすかに覚えた。
上信道から関越高速へ乗り換えた康平のスクーターが、前橋市のインターを
目指してひたすら走る。

 約束のカフェで、すでに貞園は待っていた。
真っ赤なジャケットに、首を半分まで埋めている。
上目使いのまま、黙って康平を出迎える。
テーブルへ置かれたティカップは、すでに空になっている。
電話を切ったその足で、そのままここへ移動してきたのかもしれない。

 「せっかくの機会ですから、康平のおごりでもう一杯飲みたいな。
 美和子からも、千尋ちゃんからも邪魔が入らない時間帯です。
 パパには、今日からお客様が居るので、当分のあいだは無理ですと
 お断りの電話をいれておきました。
 どうしてくれるの康平。
 すっかりと手持ち無沙汰になってしまったじゃないの。
 あっというまに暇を持て余す、そのへんの有閑マダムに転落だわ」

 「申し訳ない。ずいぶん迷惑をかけてしまった。
 じゃ、それを呑み終わったら、洋子ママのところへ行こう。
 大人の時間というやつを、たっぷり2人で満喫しょうじゃないか」

 「恋をするようになると、呑気だった康平でも決断が早くなるようです。
 いいですねぇ。気が変わらないうち早くいきましょう」

 いきなり立ち上がった貞園が、康平の左腕にしがみつく。
貞園から、誘惑的な香水が漂ってくる。
(おいお前。本気で俺を口説くつもりじゃないだろうな・・・)
と、康平が貞園の目を覗き込む。