からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話
「あら。本気に決まっているじゃないの。
1番好きな人は、身ごもっている美和子でしょ。
でも彼女は、すっかりと疲れ果てて、やっとのことで夢の中。
2番目は、京都からやって来たあのちょっとキュートな糸繰り女。
でもこいつも今日のデートに満足しているから、もうそろそろ夢の中。
満たされていないのは私だけなのよ、康平!。
なんでいつも私が、3番目になるのさ、頭にくるなぁもう!」
貞園に引きずられる形で、洋子ママの「スナック由多加」へ到着する。
ドンとドアが開け放たれた瞬間。カウンターに座った常連客と洋子ママが、
驚いたようにこちらを振り返る。
『あら、珍しい。10年経っても恋が実らない、純愛コンビの登場ですねぇ』
ママが目を細めて笑いはじめる。
『姉ちゃん。今日も日本酒を飲むか。いくらでもご馳走するぞ!』
と常連客たちも上機嫌な顔を見せる。
「ありがとう、あとでたっぷりといただきます。
ママ。私に黒霧島のお湯割り。
あと、おつまみは康平のおごりで適当にだしてちょうだい。
今夜はたっぷり飲みます。誰も私を止めないでね」
「今日の貞ちゃんは上機嫌ですねぇ。何かいいことでもあったのかしら?」
「いいことが始まるのは、これからです。
康平を独り占めにして飲むなんて、たぶん、これが最初で最後です。
こんなことが年中あったら困るわよね。
いくら鈍感なわたしでも、そのくらいはわかっています」
(そういえば始めてだな・・・・こうして貞園と飲むのは)
なぜか康平も納得する。
「美和子の籠城は、長引きそうかい?」
「なんで長引くと思うの、康平は」
「かくまうという表現が、尋常じゃない。
夫婦間のDVなら、ある意味、美和子は慣れっこになっていたはずだ。
妊娠しているとは言え、いまさらという感がある。
なにか他に離別を決意させるほどの、重大な事態でも発生したか?」
「有るわ。だからかくまっったのよ。
なくなったのよ。DV亭主が押し入れの天井裏に隠し持っていた、
例のあの拳銃が」
「な、なんだって・・・・例の拳銃がなくなっただって!」
「しっ。声が大きい!。
落ち着いてよ康平。静かに、冷静に。冷静に」
(111)へつづく
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 105話~110話 作家名:落合順平